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第136話

ようやく帰れる状況になれたのは、とっくに月が高く昇った21時過ぎだ。 既に帰宅して朝出社する事さえ面倒と感じる領域に達しているのだから、相当疲れたらしい。 考えてみれば、今朝は日の出前から起きているんだから当たり前といえば当たり前だ。実際には21時でも、体内時計はてっぺんなどとうに越している。 風呂は朝入ったんだし、別にここで寝たら良くないか…?もう動きたくないぞ。 あれこれやる事が山積みだとわかっていながら、必要以上に喫煙所に足を運んでしまったのも原因ではあると思うが。 色んな事が起こりすぎたんだ。 主に仕事以外のハプニングが。 そんなの、煙草吸いたくなるに決まってるだろう。ヤニカスを舐めるな。 とまあ、自分自身への言い訳を垂れ流したところで仕方ない。 明日もどうせろくに休憩時間も確保出来ないんだ。ベッドで横になった方が身体は休まるか。 全身の酸素を抜き切ってしまうほどの大きな息を吐き、ブラックコーヒーの過剰摂取により震える指を一本ずつ鳴らす。 軽く首を捻っただけでも可愛げの欠片も無い音がオフィス中に響くんだ。やはり夕方の部長のアレは見せかけの頑張ったアピールに過ぎない。 いつ誰が来るかもわからない場所で、そう簡単に靴の締め付けを緩める事など不可能で 未だにズキズキと痛む足首を庇いながらようやく会社を出た。 俺のような残業社畜共により彩られた都会の夜景もなかなかのものだが、広島のぽつんと輝く月明かりの方が綺麗だったな。 なんてくだらない事を思いながら乗り込んだ車は、1日半は大人しく留守番していたというのに染み付いた煙草の臭いが鼻に付く。 営業車では気を遣うが、自家用車ともなればエンジンをかけると同時に運転席の窓を開けてしまうのはもう癖で。 「…あ?もう無いじゃないか。」 どういう訳か浴衣の袖に潜んでいた普段と銘柄の違う煙草を咥え、仕方なく好みでは無い味で肺を騙した。 …時間も遅い。今日は流石に佐々木は居ないだろうし、気は楽だ。いつもの所へ寄っていくか。 行き先は決まっている。 たとえもっと近くに煙草屋やスーパーがあろうと、あの狭い空間で、歩行距離も最小限で済むあそこが気に入っているのだ。 会社からも家からも、近くもなければ遠くもない。接客態度が段違いで良い訳でも、品揃えが素晴らしい訳でもない。 ただ、帰り道にあそこへ寄ると今日が終わった感じがして。 ただ、あの笑顔を見られたらまた明日も頑張ろうと……思えた、だけの…筈だったんだがな。 むず痒くて、苦しくて、会いたいのに怖くて。 店に入るという行為に勇気が必要になったのは、いつからだったろう。

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