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第138話
「あざーす!じゃ明日から入るんでー!」
耳馴染みのある声色が鼓膜を震わす。
まさかと思い身体が強張るも、咄嗟に逃げられる反射神経なんか持ってはおらず。
ビニール袋を片手に出てきた私服姿の男は、ひとたび俺を瞳に取り込めば、そのまま眼球ごと落っことしてしまうのではないかと心配になる程くわっと目を見開いた。
「え、あ……竹内さんじゃないスか、おかえり。」
「おぉ…た、ただいま。」
すみませんよりお願いしますより、今の返しを一番間違えてしまった気がする。
「どうしたんスか?こんな所で。」
「いやあの…煙草、レジ……人が、」
下手くそか。俺は日本語覚えたてか?
単語を組み合わせる事しか出来ないのか。いや、単語すら組み合わさっていない。
どこに日本人としての能力を置いてきた。広島か?広島なのか?
だが、この場における佐々木は俺という客の良き理解者だ。不自由な言葉であろうと言いたい事はすぐにわかってくれたらしい。
「あ、ごめん誰も居なかったスね。こっちどうぞー!…ってか歩ける?」
「……あぁ、問題ない。」
ととんと軽やかな足取りでレジカウンターをくぐる佐々木は、服装がラフなだけでアルバイトの時と何も変わらない。いつも通りだ。
昨晩から今朝にかけての出来事が、それこそ夢だったんじゃないかと思うくらいに。
酷い言葉を、冷たい顔で、吐きつけた彼とは違う。
速くは歩けない俺を急かすでもなく、75番を2つ並べる姿は、どっと疲れの来る自身をじんわりと癒していくようだった。
「っへへ、もう会えると思わなかった。」
「俺もだよ。…驚かせるな、まったく。」
「今まであっち居たの?」
「あ…いや、戻ったのは夕方なんだが仕事の切りがつかなくてな。」
「ふーん…社会人って大変だよね。はい、お釣りー!」
接客のマニュアルなど佐々木にとってはあってないようなもの。
雑談をしているうちに、もう煙草が手元にあるとは大したものだ。
ついでに釣りも俺の財布仕様に工夫して渡されるんだから、これは駄賃くらいは渡すべきだろう。
恐らく今日は、そもそも休みなんだろうし。
「釣りは要らないよ。お前の小遣いにして構わない。今バイト代入ってるわけじゃないだろう。」
「え?いいって。」
「いいから。」
「でも悪いスよ!」
すみません合戦を怖がった男の言う事とは到底思えない。
拒まれるのをわかっていて押し付けているのは、多分…もう少しだけ、佐々木と話していたいから。
人との関わりなんか苦で仕方がないと思っていたのに、相手が佐々木なだけでここまで変わる。
「じゃーあ、代わりに家泊めてよ。」
「はあ?お前学校は──。」
「明日振休だもん。」
「……………俺は仕事休まんからな。」
「やーりぃ!」
断るなんて選択肢はもうどこにも無いようだ。
少しでも長い時間近くに居られる手段を見つけた心は、途端に激しく飛び跳ね喜んで。
「おーーなーー!チャリここ置かせて!
あとレジもちゃんと確認してねー!じゃー!」
奥から渋みのある声が「おー」と返事をしたようだが、それを聞いたのは俺だけで
佐々木は殆ど駆け足に近い足取りで自動扉を抜け、助手席の前で立派に“待て”を見せた。
……こいつの毎度行き過ぎた行動は言わずもがな、俺の方も相当だ。
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