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第172話

凶器ではなく娘を連れてやって来た法月。本当に1日仕事して来たのかと疑いたくなる程顔が良い。 「…急にどうした。」 「あっはは、面白い事を。…竹内さんが“体調不良”と聞いたのでお見舞いに上がったんですが?」 「あー…え、っとそれはだな、あの…。」 こいつ確信犯だ。悟った瞬間背中をやけに冷たい汗が流れる。 明日は俺がサボリーマンだって社内中に知れ渡っているかもしれん。 最悪の事態を想定して退職願の書き方でも調べておくか。 「さて、立ち話も何ですし入ってもいいですか?」 「お前が言うのかそれを…。」 明らかに普段より目線の低い俺を胡散臭い笑顔で眺める法月に拳骨でも落としてやりたいが、正直頭に手が届くか微妙だ。…いや、届きはする。届きはするが狙いを定めるのが難しいってだけだ。 客人を待ちもせず、バスタオル片手に廊下を歩いていたわけだが ふと気になって振り返れば、彼らはまだ玄関に居て。 「おい、何して──。」 「ゆらはお利口さんだね。お靴揃えられて偉いよ。」 「うん!きれいにしなきゃ!」 言いかけた言葉を飲み込んで、女の子が立ち上がるのを待った。 その光景を見るだけで、不思議と心が温まる。自分には無縁だと思っていた景色。今でも結婚願望は無いに等しく、彼女でも居れば考える歳でありそうなもんだが生憎俺はうんと年下の男に惚れている。 同級生でも早いやつは2、3人の子供を育てているのだ。いくら部下とはいえ、彼も同じく26の歳。子供の扱いに慣れており、父親の顔をするのは当然と言えば当然なのかもしれない。 「…適当で良い。慌てなくて良いから、ゆっくりおいで。」 法月と似ているパーツまでは残念ながらわからなかったが、こちらへ足を踏み出した女の子に思わず頬が緩んだ。 小さな子供は騒がしいイメージしか無くて苦手意識を持っていたが、この子はしっかりしているな。まあそう育てられたと言うならば、父親の凄さはこの俺がよくわかっているのだから今更疑問はない。 「ありがとうございます!ちいさいおにーさんっ。おじゃまします!」 「竹内さんが笑った…今世界で一番優しい顔してましたよ……。」 「……。」 ちいさいおにいさん…か。そりゃ大人の男の基準が法月なら、たとえ俺が君より背が高くても小さいと感じるのは仕方ないな。小さいオッサンと言われなかっただけ有難いと思わなければ。 …というか、法月が普通だと思って生きているという事は、その辺歩いてる奴はみんな小さい部類に入るのか?恵まれすぎた父親の容姿に早く気づけ、小さき者よ。 あと法月、お前に向けた笑顔じゃないから娘の前で異常っぷりを見せるのはよしてくれ。

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