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第4話 言う通りにしろよ

 姿を表した野原は、相変わらずだった。いつもそう――。  いつも槇の様子をじっと見つめているだけ――。 「迎えにきた。今日はおれの家に泊まるんだぞ」 「……行かない。一人で大丈夫」 「お前ねえ」  母親からは「帰れない」という電話が入っているか、槇が迎えに来ることは想定内という対応なのだろう。野原は、はなからお断りという態度だった。 「あのさ。おれが怒られるんだよ。さっさと来いよ。別にいいだろう? いつものことじゃん」 「いい。一人で大丈夫」  ――めんどくさいやつだな。  野原は昔から思い通りになってくれない。  大人になってから考えると、当時の野原は、自分の世界をかき回す槇の存在が嫌だったのだろうと想像できるのだが、9歳そこそこの槇からしたら、そんな野原の気持ちなんて理解できるはずもない。  自分の思い通りに動いてくれない彼だけが、自分を拒絶しているような気がしていたのだった。  だから野原と話すとイライラする。槇はムッとして強引に隙間に腕を突っ込むと、野原の腕を捕まえて引っ張った。 「実篤(さねあつ)やめて」 「いいじゃん。めんどくさいんだよ。お前。さっさと来いって。決まっていることなんだから」 「でも」 「いいから!」  ひ弱そうに見えるくせに野原の抵抗は固い。槇は腕を掴んだまま大きくため息を吐いた。 「お前さ、なんなんだよ? 意味わかんないし」 「……本」 「え?」  ボソボソっと彼は口の中で話す。よく聞こえない。どうしてこんな話し方をするのだろうと槇は思った。  はっきり喋ればいいのに。野原は、いつも、もごもごとして、はっきりしないのだ。 「なんだって?」  槇が大きな声で聞き返すと、彼は目元を朱に染め、必死に言い返した。 「本、読みたいのがある。だから、一人でいたい」 「はあ? お前さ。本当に……」  文句を言いかけてハッとした。  だって野原の瞳は真剣で必死だったからだ。  彼の深緑色の瞳はいつにもなく真剣に槇を見据えていた。さすがの槇もそれにはたじろいだ。 「……わかったよ。だけど、おれの言う通しにしろ。そしたら、家にこなくていいから」 「言う通りって?」  野原の問いに、槇は満面の笑みを浮かべてから、自宅に走っていった。

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