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第6話 一緒にいたい

     彼に見入ってしまっていたことを気づかれまいと、槇は慌てて誤魔化し笑いをした。 「おれ、眠くなっちゃって」 「そう」  時計の針は9時を指すところだ。 「寝るの」 「そうだな。明日も学校だしさ」  野原は頷いてから本を閉じた。そしてそこで初めて気がついたとばかりに目を瞬かせた。 「ねえ実篤(さねあつ)、どこで寝るの」 「あ、そうだよな。布団か。布団……」  槇の問いに彼は首を横に振った。客用布団など、どこにあるかわからないという顔だ。 「じゃあ、いいや。おれもここで寝よ~」  槇はあっけらかんと言い放って、さっさと野原のベッドに飛び乗った。 「……」 「あれ? 反応なし? 嫌なのか」 「別に。狭くないならいいけど」 「いいじゃん。どうせ。今日はそんなに寒くない」  槇がぴょんぴょんとベッドの上で跳ねているのを見てから、軽くため息を吐いて、野原はベッドに入り込んだ。野原の母親は、我が息子が大柄に成長すると思っているのだろうか? 大人用の大きなベッドは、今の野原には大きすぎるようだが、槇と二人で寝るにはちょうどいい大きさであった。二人は毛布にくるまって落ち着いた。 「なあ、お前、なんの本読んでんの?」 「いろいろ」 「いろいろって」 「なんでも好き。作ったお話も、本当の話も」 「作った話で好きなのってなに?」 「神話の話とか好き」 「シンワ? シンワって何だよ」  槇の問いに、枕に収まっていた野原は視線を上げた。 「神の話って書いて神話。知らないの」 「そ、そんなの。みんな知らないし」  無知を指摘され、槇は顔を熱くした。元々、そう賢くない槇だ。人前で恥をかくなんてことはよくある話だが、野原のその瞳に見据えられると、なんだか気恥ずかしいのだ。  一通り、文句のようなものを言ってから、槇も枕に頭をつけた。それを見てから、野原もまっすぐに、月明かりで明るい天井を見上げた。 「日本の神話、ギリシアの神話、北欧の神話。伝説や昔話みたいなもの」 「そ、そんなにあるんだ」  いつもは寡黙な野原なのに、彼は槇に日本書紀の天地開闢(てんちかいびゃく)の話を聞かせた。  混沌の世界に舞い降りた神たちが日本を作り上げていく話。それからたくさんの神様が生まれてきたこと。  そして神さまたちが様々な物語を織りなす様。それらを彼なりの言葉で語ったのだ。  槇は今まで生きてきて、そんな話を聞いたこともない。その話に夢中になっている自分に気がつかずに聞き入っていた。  特に興味を引いたのは「伊邪那岐(イザナキ)」と「伊邪那美(イザナミ)」の話し。 「え~! ウジってなに?」 「ウジはハエの子ども。動物の死体とかにわく虫で……」 「気持ち悪いじゃん……」 「それに体に雷神がたくさんついていて……だから、伊邪那岐(イザナキ)は逃げた」 「で、でもさ。その神さまのこと、好きだったんだろう? 迎えに行ったくせに、逃げるんだ」  槙は野原の語る言葉に本気だ。 「実篤は逃げない? 大事な人がどんな姿になっても逃げないでいられるの?」 「お前はどうなんだよ」 「おれは」  野原は眠くなった目をこすりながら小さい声で答えた。 「関係ない。どんな姿だって、その人がその人なら、関係ない」 「ウジ虫、気持ち悪くないのかよ」 「虫は虫。実篤は、虫嫌い?」 「き、嫌いじゃねーし」 「じゃあ、いいじゃない」  うようよと白い虫が(うごめ)いている人間(と言っても神様)を以前のように大事に思えるのだろうか。槙はそんな想像をして、身震いした。 「でもさ、(せつ)……あれ?」  そしてふと、いつしか彼のその声が聞こえないことに気がついて隣に視線をやると、野原はいつの間にか眠りに就いていた。 「どっちかっていうと、実篤は須佐男(スサノオ)みたい……」 「なんだよ。それ」  寝言みたいに呟くその言葉は夢現。すっかり寝入ってしまった彼を見つめて、本の話をさせたらこんなに話すのかと驚いた。    いつもは自分を拒否するように、距離を取ってくるくせに。  槇はふと野原は頭を撫でてみる。彼は微かにまつげを振るわせただけで、目を開けることはなかった。  ――こうして一緒に過ごすことができたらいいのに。  その意味が子どもの槇にはよくわからない。だけど事実はそうだった。  月明かりで蒼白に見える彼の頬に、そっと唇を寄せる。母親がしてくれるものだ。 『明日もいい一日になりますように』  もう子どもではない。そろそろこんな儀式は気恥ずかしいだけなはずなのに、そうしてもらえると心が落ち着くのも事実だった。  野原は、こうして一人で過ごしている。きっと彼にこんなことをしてくれる人なんていないのだ。槇はそう思うと、途端に「おれがやらなくちゃ」と思った。  それは子どものただの気まぐれ心だったのかもしれない。だけれども、今こうして、目の前で眠っている野原がとても大事に見えたのだ。  なんだか少し心の奥が熱くなるけど、当時の槇には、その意味がよくわからなかった。

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