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第12話 あいつは、おれが嫌いだ。

 小学校高学年で一度疎遠になった。野原と過ごした世界とは、別の世界に飛び出した槇は、別の友達との時間を過ごしていたからだ。  今考えるとなぜそうしたのだろうか?  多分――一番の要因は、幼い槇が野原の本質を理解し得なかったからだ。  ――(せつ)は、おれの思う通りにならない。おれのことなんて嫌いなんだ……。  当時そんなことを思って苛立っていたことを思い出した。気にかけていなかったわけではない。ただ幼さゆえの浅はかさ。槇は野原が自分を置いてどこかに行ってしまったと思い込んでいたのだった。    中学校に進学した槇は、野原との付き合いをやめて、素行がいいとは言えない友達と共にいることが増えて行った。  昔からのお調子者気質が災いしたのだ。クラスで悪目立ちをする槇を放っておくはずがないからだ。  わざわざ、受験までして入った県立中学校だったのに、真面目に勉強をするわけでもなく、槇は悪い友達に巻き込まれて毎日を過ごしていた。 「今度、生徒会で一年生枠の募集かけるんだってよ」  昼休みに屋上でダラダラとしていた槇は、友人である蛭田(ひるた)の言葉に心動かされた。 「そ、それって、どういうことだよ」 「お前知らないの?」  細面の蛭田は狡猾そうな鋭い視線を槇に向ける。 「梅沢中の生徒会って言ったらすげーぞ。先生たちも一目置くくらいだからな。こんな退屈な中学生活なんて、ひっくり返せるんじゃねーの」  ――昔から欲しかった力……?  槇は心が躍るのを抑え切れない。 「そう興奮すんなって。お前には無理だよ。おれたちと一緒にいるようじゃな」 「え」  蛭田の横にどっかりと座っている体格のいい男、横沢が鼻で笑う。 「生徒会に入る奴は、成績も申し分なし。素行もよし。そして、教師の推薦も必要なんだよ。お前、無理に決まってのだろう?」 「あ、そっか」 「いくら人気者な実篤(さねあつ)だって、無理無理」  蛭田と横沢の言葉に一瞬心は萎えるが、ここで引き下がるほど賢くない。自分の力量の判断すらできないバカなのだ。 「いや。おれ、やる」 「嘘だろ?」 「冗談は顔だけにしろよ」  二人に呆れられても、これは朗報だ。 「悪い。お前たちとは表立って付き合うのやめるから」 「実篤」  蛭田はいつまでも槇を呆れた顔で見ていたが、横沢は別だ。喧嘩っ早く熱い性質を持つ横沢は槇の思いを汲み取ったらしい。 「やってみろよ。お前の本気、見せてみろ」 「横沢」 「ま、友達はやめねーけどな」 「うん。ありがとう」  二人は拳を合わせて口元を緩めた。  横沢という男は悪い奴ではない。だが敵には回したくないタイプだ。情に厚い分、激昂すると手が付けられないのだ。  槇が所属している中学校は梅沢市の中では、唯一のお受験中学校だ。ここに通う生徒の親たちは公務員、教職員、それから資産家……一般家庭の生徒もいるものの、市内では所謂上流階級と呼ばれるような家庭の子どもたちが大半を占めていた。  蛭田の両親は父親が国家公務員で単身赴任。母親はダンス教室の講師で、不在なことが多いようだった。  横沢の両親は昔からの豪農家。父親は農業の傍ら農業協同組合の代表をしているという話だ。  どちらも生活には困っていない。だけどどこか満たされないものを埋めようとしてなのか、若気の至りなのか、三人は夜の街に遊びに行っては、カラオケを餌に女子をナンパして歩いたり、学校をサボったりと悪事を重ねていた。そんな生活だった。  野原と合うわけもない。 『雪はおれが嫌いなんだ』  槇はそう思い、野原から目を背けて生きていたのだった。

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