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第14話 異端者
当時の自分は本当に能天気で自分勝手だったと、大人になってから反省しても遅いものだ。
蛭田 と横沢との付き合いを表立ってすることを控えてからの槇は、別人のように態度を改めた。
塾に通って、一気に成績を伸ばしたし、素行もつつましくした。教師の依頼にも率先して応え、優等生を演じたのだ。
その甲斐あってなのか。11月の生徒会の役員改正に伴い、槇は一年生で唯一の生徒会枠を獲得したのだった。
蛭田たちには「本当にやるかよ普通」と半分呆れられたり、喜ばれたりしたのだが、やはり表立って付き合うことが出来ずに、彼らとは疎遠になりつつあった。
梅沢中学校の生徒会は、入会するのも難関であるが、入会後も多忙さを極めており、とても蛭田たちと遊んでいる暇などなかったのだ。
連日のように放課後は、生徒会室での活動に従事させられつつも、成績を落とすことは許されない。教師たちの手伝いもさせられた。朝七時過ぎに登校し、帰宅は夜の七時過ぎ。学校に十二時間も拘束されとは想像を絶する過酷さだった。
しかし、そもそも自分が欲して得たものだ。
あまり苦にならずにそんな生活に馴染んできたある冬の放課後。それは明らかになったのだ。
その日は、雪が降っていたので、生徒会は珍しく五時を待たずして解散。帰途に就く槇だったが、昇降口まで来て、参考書を忘れたことに気が付いた。
――生徒会室だろうか? 教室だろうか? まずは、教室を見てからにしよう。
そう判断し、一年生棟に足を向けた。
もう日の落ちた廊下は薄暗い。誰一人残っているはずもなく……そう思っていた矢先。
二組から物音と人の話し声が聞こえてきた。
「こんな時間に……?」
特段気にすることもなく、そこを通り過ぎようとした時。
「なにか言ったら? ねえ、聞いている? 雪 ちゃん」
耳に入ってきた言葉に、槇は足がすくんだ。
――雪ちゃん……?
「しゃべれない訳? ねえ、なんとか言いなよ。気味悪いよね。お前。本当に」
槇は心臓がバクバクと早く鼓動するのが分かる。
「雪 だ」
部活にも入らない野原が、こんな時間に残っているなんて、また本でも読み耽って時間を忘れていたに違いない。
――みんなにからかわれるんだから、一人でいるなよ。本当に。
野原とは、一緒の中学校に進学していたのに、クラスが違くなってしまうと、なんとなく疎遠になった。いや、槇が離れていっただけだ。本当は気になるくせに――。知らないふり。蛭田や横沢と遊んでいる間も、ずっと横目で見てきた。
野原は、相変わらずのマイペースさで、本ばかり読んでいた。彼は教師以外の人間とは会話をしない。
「野原くんって、気味が悪くない?」
「おしゃべりしないんだよ」
「それに、ねえ。あの目……」
女子たちがそう囁き合っているのも知っている。
野原のあの双眸。あの瞳の色は、同級生たちからは特別視されていた。蛭田や横沢も然りだ。野原を見かければ、必ずからかってちょっかいを出すのだ。そんな時は、適当にあしらって話題を変えるのだが――。
いつも野原のそばに自分がいるわけではないということ。
――そばにいるなら守ってあげられるのに。知らないんだから。
違う。離れたのは自分だ――。
当時の槇は、「雪がおれを嫌っているから避けられている」と思い込んでいたのだった。
だがしかし。野原が誰かに絡まれていると知って、黙っていられるほど無関心ではなかった。大人になってから思い返すと、ここで大問題を引き起こしたら生徒会のポジションが危うくなるだろうと、無視しただろうに。当時の槇にはそんなこと到底できなかった。
いやきっと。頭でわかっている今だって、同じ状況に置かれたら無視するなんてことはできないのだ。
「なにしてんだよ」
二組の扉を開くと、横沢と蛭田が弾かれたように顔を上げた。しかし彼らは、相手が槇だと知ると、安堵の表情を見せた。
「なんだ、驚かせるなよ」
蛭田の言葉に答えることなく、視線を向けると、野原はそこにいた。
横沢が野原のブレザーに手をかけているところだ。彼の目の前には何冊かの教科書が鋭利なもので切り裂かれて捨ててある。蒼白な顔色は更に血の気もない。
野原はなにか言うわけでもなく、伽藍堂な瞳を教科書に向けていた。
――しょうもない。
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