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第50話 一緒にいられなくなる
「ただいま」
自宅に帰るのも少しずつ馴染んできた。靴を脱いで玄関にそろえていると、トレーナー姿の妹、凛 が顔を出した。
「公務員さんは、毎日毎日、帰宅が遅いんだねぇ」
「別に」
「ごはんは?」
「いい」
「あっそ。またお菓子ばっかり食べてるんじゃない?」
「……」
彼女との会話は苦手だった。兄弟なのに、彼女は自分とは全くちがったタイプでテンポも合わない。
野原はネクタイを緩めてから二階に上がろうとしたが、ふいに腕を掴まれて一階のリビングに連行された。
「な、なに?」
「あのさ。いい? ちょっと」
「よくない」
「よくなくない!」
彼女は野原を洗濯ものの山になっているソファに座らせる。野原は周囲を見渡してため息を吐いた。
女性二人で暮らしているには、汚なすぎると思ったのだ。
「あのねえ。いつまでここにいるの?」
「出て行ったほうがいい?」
「そういう意味じゃないの。いたっていいけど。でもさ……篤兄 と仲直りしたほういいよ?」
凛は大きな鳶色 の瞳をじっと野原に向けてきた。
「——仲直り、したくない」
「え? 嘘でしょう? 雪 。本気?」
——だって……実篤は……。
「おれのこと、なにもわかっていない。仲直りしない」
「もう! 雪。なに言ってんの? 本気なの? そんなんじゃ、このまま終わりになっちゃうよ?」
「終わり?」
「そうだよ。篤兄 と一緒にいられなくなるんだよ?」
「……一緒にいられなくなる——?」
凛の言葉は野原の心を揺さぶる。
しかし、どうしたらいいのかわからないのだ。
『槇さんを助けたくないの? 野原課長——?』
久留飛 の言葉が脳裏から離れない。
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