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第52話 二人の未来が描けない

   仲直りしなくては――。  そう思っているばかりで、時間がどんどんと過ぎていく。槇はやっと仕事をこなしている状態だった。野原との仲直りもそうだが、彼の異動の話にやきもきとする気持ちばかりが募る。  出世コースをたどっていた彼が、左遷同様の人事を受け入れているというのだ。信じられない。  ――そんなに水野谷がいいのかよ!  ある意味、嫉妬。野原の進退の心配などではない。左遷人事を受け入れている理由に苛立っていたのだ。  自分から謝罪しようなんて気持ちが薄れてしまっている。  ――あいつが謝ったっていいじゃないか。  そんな自分勝手なことを思い始めていたその日。一階のラウンジを通り掛かると、野原を見つけた。  久しぶりに見た彼は顔色が悪い。そして、彼の目の前には女性職員が一人座っていた。 「課長、今日は本当にありがとうございました。なんとか予算、なりそうですね」  肩までの髪を揺らした女性は笑顔。若い子という域ではない。年のころは40代だろうか? しかし、フレアスカートの可愛らしい女性だった。 「財務との話は時間がかかる。根拠さえしっかり押さえれば問題ない」 「本当にその通りですね。やだな~。課長って、本当に仕事できる人なんだから」 「仕事ができる? できなかったら給料もらえない」  野原の回答に、女性は、「やだ~」と笑っていた。 「そういう意味じゃないですよっ! もう、本当にストレートに受け取るのって、結構、私ツボです。いいな。そういうの。好きですよ」  ――「好き」だと?  心がざわつく。こんな盗み聞きみたいな真似、女々しいだけなのにと思いながら、槇はこっそり二人の後ろ側、植木で仕切られている反対側の椅子に腰を下ろした。 「好き?」 「やだやだ~。もう! 天然なんだから」  女性は目を輝かせていた。  ――あ~……本当、頭くる! 「あらやだ。うちの娘たちに課長の話をすると、会ってみたいって言うんですよ」 「娘さん、いるって言っていた。仲いいんだ」 「私は離婚しているんですよ。そのせいでね。子供たちとなにかと協力し合ってやっています。  ――あ、そうそう。私。独身は独身なんです。野原課長って好きなんだけどな~。若い子は、みんな保住係長ファンクラブですけどね。私は課長ファンクラブですからね! 課長、今度飲みにでもいきませんか?」  槇は気が気ではない。野原に対して、好意を持ち、こうしてぐいぐい押す女が世の中にいるなんて、想像もしていなかったからだ。衝撃だった。 「ファンクラブ……?」    ――動揺しているんじゃないか! 口を出したい。口を出したいが……。 「私、お弁当つくってきましょうか? 頼んでいるお弁当も大して食べていらっしゃらないですもんね」 「お、お母さん……」 「お母さんじゃありませんよ! できる女と言ってください」 「なにが違うか、わからない」 「もう! すぐ照れちゃうんだから」  正直、話しはかみ合っていないのに、篠崎という女性はどんどん話を進めていく。きゃっきゃとしている篠崎は女子高校生みたいだ、と槇ですら思ってしまうくらいだ。 「……可愛い」 「え?」 「この前も思ったけど、篠崎さんって可愛いんだね」  ――!?   言われた篠崎は、これでもかと赤面して黙り込むが、むしろ驚いて、赤面してしまうのは槇のほうだ。  まさか、野原が女性に対して「可愛い」という言葉を発するなんて思ってもみなかったからだ。  ――もしかして、本当にこれで終わってしまうのか? おれたちは……。    居てもたってもいられない。槇は耐えられなくなって席を立った。  野原との未来が描けない。目の前が真っ暗に感じられたのだった。

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