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第56話 告白

 ――こんな顔させたいわけじゃないのに……どうしようもない。  身動きの取れない野原を押さえつけて、乱暴に肌に触れる。彼と何度となく躰を重ねてきたが、嫌がっている野原を抱くのは初めてだった。 「っ止めて! 実篤……っ!」  ネクタイを強引に引き抜いて、躰を起こそうとする野原の肩を左手で抑え込んだ。そして右手を腹から下に差し込んで握り上げた。 「――っ!」  なんの前触れもない刺激は苦痛でしかないだろう。同じ男だからわかる。だが、自分の心に満ち満ちてくるこの憎悪の気持ちをどうしたらいいのかわからないのだ。  自分は、彼の異動の話に心痛めた。  彼がうまく市役所で昇進できるように、邪魔になる澤井を排除しようとした。  安田が次期市長に座れるように、なんとか努力してきた。  それはすべて野原のためにしてきたこと――。槇は少なからずそう信じている。なのに、野原はどうだ?  ――女とランチかよ! おれの気も知らないで。なにが異動話に前向きだなんて、よく言えたものだ。どうせ、水野谷にいい顔したいだけだろう? 「やだ……、止めて」  野原の制止を聞き入れるほどの余裕がない槇は、乱暴に野原を咥え込んだ。  もう過ちがあったってどうだっていい。  ――このまま、雪を取り込んでしまいたい。誰にも渡したくない。 「実篤っ!」  自分の名を呼ぶ彼の声が震えているのは泣いているからだと理解していても、耳をふさぐ。  舌で、唇で、乱暴にしごき上げると、否定的な声とは反対に先走りの液体があふれ出した。 「いいくせに。素直にしたいって言えよ。(せつ)」 「違う……! 実篤が、おれは……」 「なんだよ? 嫌いって言いたいのか? 言えばいいだろう? いつも言いたいこと口にするんだ。さっさと言えよ」  ――そうだよ。こんなひどいことしているんだ。さっさと言えよ!  根本を指でなぞり上げながら、乱暴に口でしごき上げていく。  ――もっと嫌なことしてやってもいいんだぞ?  意地悪な気持ちばかり増幅して、自分でも止められない。そう思った瞬間。  今にも消えてしまいそうな野原の声が聞こえた。 「実篤が……好き……」  心の中の何かが落ち込んだ。  ――え。 「雪、なんて……」  糸を引いて、離れた唇。  槇は野原の顔を見つめた。  野原は目元を赤くして泣いていた。  彼は泣いていたけど、それでもなお、槇をまっすぐに見据えていた。    自分は、すっかり野原から視線を外して逃げていたというのに……。 「雪……」  ――なぜこんなことになった? 一体なにが……? 自分の弱さか?  野原はひどい仕打ちをする槇に対しても逃げることなく、こうして視線を向けてくる。なのに、自分は……。 「おれは、実篤が好き」  ぽつんと耳に飛び込んできた野原の声は震えていた。

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