64 / 76
第64話 夜伽
――夜。
いつもは寡黙な彼が、ベッドの中で本の話をしたときに、生き生きと語ってくれた話が忘れられない。
日本神話。
「昔さ。日本神話の話をしたの、覚えているか」
「伊邪那美 と伊邪那岐 の話?」
槇は野原の頭を撫でながら続ける。
「あの時、お前言ったよな。どんな姿になっても関係ないって。ウジ湧いてたって、その人はその人だって」
「言った」
「それって、今でもそう?」
槇の問いに、野原は目を開けて悪戯に笑う。
「実篤にウジ湧いて腐っていても、迎えにいくかってこと?」
「ぐ……、そう言われると、なんだかちょっとグロテスクだけど」
咳払いをしていると、槇の腕を野原の腕が掴まえた。
野原の手首が赤く腫れているのを認めて、思わず視線を逸らそうとしてから、それを思い留める。
いつもこうして、逃げてきたんじゃないか。野原にひどいことをしたことから、目を逸らしてきた。それでは今までと変わらないのだ。
槇はグッと気持ちを押し留めてから、野原を見つめた。
すると彼は真剣な視線で槇を見つめ返してきた。
「ずっと手を離さない」
「雪 」
「実篤は?」
「お、おれだって。手どころじゃないぞ。抱きしめてやる」
「ウジくっつくのに?」
「ウジなんて関係あるか! 腐ってんだろう? 手の肉が削げ落ちたら大変だ。お前の体ごと抱えて逃げてやる」
槇の返答に野原は笑いだした。
声を上げてだ。
「あはは……っおかしい」
野原がこんなに笑うのは初めてで、面食らってしまったが、なんだか自分もおかしくなって笑い出す。
槇は夜が好きだ。
昼間、自分以外の人間にとられている野原を独り占めできる時間だからだ。
――ずっとこうしていたい。
そのために自分は腹を括ると決めたのだ。
ともだちにシェアしよう!