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第66話 閻魔大王の忠告

「なかなか興味深い雰囲気を持っている。目の色はあれは生まれつきと言っていたな。――槇さん、気が気じゃないでしょう? ずっと誰の目に触れさせずに囲っておきたいのではないか?」  ――なぜわかるのだ? 「そんな顔をされなくても大丈夫ですよ。なにもするつもりはない。おれは見境がないわけではない。自分の大事なおもちゃはひとつと決めている」 「――保住、でしょうか」 「そうだな」  じっと見据える槇の目を見返す澤井は副市長としての厳しい視線だった。 「おれは久留飛(くるび)のように、野原を人質にするつもりはない。協力をしていただける意思を持ってしてお願いしたいのです。ただ、あんたがそんなに大事にするものには興味がある。人が大事にしているもの、見てみたいと思うものでしょう?   そしてそれは、なかなか唆られる容姿で、優秀な男だった。そのうち中枢に引き上げよう。  まあ、水野谷のお気に入りらしいじゃないか。野原も水野谷のことは慕っているようだ。おれが手を出さなくても、自然と取り立ててもらえるだろうが……おお、そうだ。一つだけ忠告しておきましょう。  槇さんはおれを選んだが、野原はどうするのかだ。おれと水野谷は構図的には対立派閥だ。水野谷は吉岡の親友だからだ。  野原によく言い聞かせておくがいい。水野谷についていかれたら、槇さんとは対立することになりかねないですぞ」 「……しかし、今のあなたは吉岡さんと手を組んでいるように見えますが」 「それは利害関係で一致するものがあるからだ。あいつとは保住を擁護するという点でだけ合意が得られている」 「保住を擁護する――か」  確かに、吉岡は保住の父親の後輩だ。彼が保住を擁護したいという気持ちはよくわかる。そして澤井もだ。そこの部分だけが合致しているということ。逆を言えば――。 「それ以外の部分では対立しているということだ。ただそれだけの話だ。槇さんには、細かい職員の内情を知ってもらう必要がある。今後は様々な情報の共有化を図っていきましょう」 「澤井さん。――あなたは安田市長を下ろす意向があると聞いている。なぜ私に声をかけたのですか。去る者の関係者など必要ないのでは?」  槇の問いに、彼は堂々たる佇まいで答えた。 「ですから、先にも言ったでしょう? おれの人生をかけて成し遂げたいことは、もっと大きな枠で考えなければいけないことなのですよ。槇さん。安田市長の続投もこれから次第。それに、もしかしたらあなたが次期市長に手を上げるかもしれない可能性はゼロではない」 「それは――ないですね。おれが次期市長にならなければならないときが来たら、きっと迷わずここを去ることを選びます。なにも野原と同じ職場にこだわっているわけではないのでね」  ――そうだ。そこ。そこにこだわるから辛くなる。雪と一緒にいられる時間はどこにいてもとれるはずだ。現にこうして同じ屋根の下で仕事をしていても、自分は雪のことをよく理解できていないじゃないか。 「そういう野心はないのだな。結構、結構。おれに取って代わろうという野心がない人間が一番信用できるものだ。槇さんとは仲良くやれそうだ」  澤井は軽くひらひらと手を振って、槇を見送ってくれた。    ――これでいいのだ。    自分はそう決めたのだから。  軽く膝が諤々としているのがわかるが、そんなことはなかったかのように、強引に歩みを進めた。  なんだか野原の顔が見たくなって、自然と文化課へと足が向くが自分が顔を出すわけにもいかない。  どうしたものかと思案していると、文化課振興係長の保住と鉢合わせになった。

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