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第67話 もっと知りたい
「槇さんではないですか。いや、髪型が変わると別人のようですね」
「保住……」
「課長ですか? お呼びしましょうか」
保住のことだ。本気でやりかねない。槇は彼の肩を掴まえて、彼を引き戻した。
「なんですか」
「いや。おれがここにいたことは、雪 には言わないでくれ」
「そうおっしゃるなら、そういたしますけど」
そう約束してくれた保住の言葉に少しほっとした。
「すまない」
そんな槇の様子を見ていた保住は苦笑した。
「槇さん。そんなに気になるんですか? 課長のこと」
「べ、別に。そんなんじゃ……」
彼は漆黒の瞳を細めて艶やかに笑う。
「大丈夫ですよ。よくできた課長です。みんなに好かれています。今もなにやら盛り上がっていますけど……やはり、どうです? ご一緒に」
――盛り上がっているとは、どういうことなのだ? 雪は一体、職場でどんな仕事をしているのだろうか。
槇は知らない。
知りたくでも知ることができない。
同じ屋根の下で働いているというのに。
少し陰った顔色に気がついたのか、保住は口を開いた。
「課長は職員の気持ちの変化にいち早く気がついて、すぐに声をかける。だけど多分、その気持ちがどういうものなのか、よくわかっていないからズレるんですよね。そうでしょう?」
「そうだ。あいつは、人とのコミュニケーションの機会が極端に少なかったおかげで、相手の変化には敏感なくせに、その意味がわからない。経験値が足りないのだ」
「でも、槇さんと一緒にいる課長は、ずいぶんと人間らしいですよ」
「そうだろうか」
保住は悪戯に笑った。
「おれもどちらかと言えば、課長タイプ。まあ、田口と知り合ってから、色々と学んでいる最中ですよ」
「お前たちは本当に信頼しあっているのだな」
槇は保住のいつも隣にいる大型犬のような男を思い出した。
あの料亭の時も、緊張していたくせに、必死に保住のためと堪えている姿が印象的だった。
野原があの男に心動かされるのも肯けた。自分もそうだからだ。
「大事にしろ。お前たちはこれから否応なしに、いろいろなことに巻き込まれる」
槇の言葉に保住は目を見開いてから笑う。
「それは槇さん。あなたもでしょう?」
――保住はどこまで知っているのだ? 自分が澤井と手を組んだことを、感づいているというのだろうか?
いや、そんなはずはないと槇は視線を伏せることなく、彼を見据えた。
「立場的にそうでしょう? 来年は市長選だ。野原課長もなかなかの立場になってきている。大切な人、手放さないようにされた方がいいですね。おれなんかよりもあなたたちの関係は危うい」
保住はそう続ける。
「どんな時でも仲違いせぬよう。お気をつけください」
「忠告か」
「いいえ。心配しているのですよ」
「心に留めておこう」
槇の返答に満足したのか、保住は艶やかな笑みを浮かべたかと思うと、槇の腕をがしっと掴んだ。
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