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第68話 文化課

「なっ」  槇の制止など関係ないかの如く、保住は文化課の扉を強引に開け放った。 「課長! お客様ですよ!」 「ま、待て! 保住っ」  強引に連れ込まれた事務室。野原はチョコレートを抱えて、田口のところに立っていた。 「実篤」  ぼんやりとしていた野原の瞳が光を増す。  ――嬉しいって思ってくれたのか? 迷惑じゃない? 「す、すまない。特に用事ではないのだが……」  田口の周囲にいる職員たちは保住の部下だ。  確かに、先日、野原が言っていた特徴に合致している職員ばかりだった。  眼鏡をかけたどら焼きみたいな男。  隣にいるのは、理科室の骸骨模型みたい。  お馴染みの田口はラブラドール犬もとい、土佐犬。    そしてまた、その隣の男は長身でスマート。スーツ売り場に立っているようなマネキン人形みたいだ。  野原の見立ては正しい。思わず吹き出した。 「笑うなんて、どういうことです?」  後ろからぴょこんと顔を出す保住は、確かに野良猫。寝ぐせは少しはマシになっているが、なにせ恰好がだらしがない。血統書付き猫のくせに、薄汚れた野良猫だ。 「お前たち、なんの話だ」  保住の問いかけに応えたのは田口という男。 「係長の肉じゃがは120点です、とお伝えしたところ、課長がぜひ食べたいと目を輝かせて言うものですから……作るのはおれじゃないので、直接係長にお話ししてくださいとお伝えしていたところです」 「お前の肉じゃが食べたい」  野原は保住に言った。  保住は苦笑いだ。 「いいですけど……あんまり期待しないでくださいよ。槇さんの料理のほうがいいのでは?」 「え! おれは……」 「槇のは、焦げていて食べられない」 「焦げてって、やることはやるんですね」 「おれは料理なんて……っ」  そこに篠崎も加わる。 「あら、私の肉じゃがのほうが美味しいに決まっていますよ。野原課長」 「篠崎さんの卵焼きは美味しい」 「じゃあ、篠崎係長にでも作ってもらってくださいよ」  保住は早々に辞退するという(てい)だが、篠崎はしつこい。 「でもってなによ? 保住くん。ああ、そうですか。私に負けるのが嫌なのね!」 「負けるとか勝つとかの問題ではないじゃないですか」 「あらやだ。保住くんにも苦手なことってあるのねえ」  篠崎は挑発がうまい。彼女の言葉は負けず嫌い精神に火を付けたようで、保住は眉間にしわを寄せて篠崎を見据えていた。

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