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番外編1ー1 朝寝坊
槇 実篤というのは、自分の幼馴染……というか、兄弟というか、家族?
正直言って彼が自分の『なんなのか』はよくわかっていない。
身支度を整えて寝室の入り口に視線をむけるが、勿論彼が起きてくる気配はなかった。軽く息を吐いてか顔を出すと、お腹を出してぐうぐう寝ている実篤がいた。
そっと手を伸ばしてそのお腹に触れると、実篤は弾かれたように目をぱっちりと開けた。
「び、びっくりしたんだけどっ! 雪 じゃん」
「寝坊だけど」
「嘘っ! ちょ、もっと早く起こせよ」
実篤は首の後ろを掻きながら起き出すとそのまま腰に腕を回してきた。
「おはようございますのチューは?」
「……」
「ねえ、雪ってば」
「ねえ、実篤」
「なに?」
首筋に実篤の唇が当たり、軽く吸いあげられると、体の奥がチリチリとする。だけど、そういう場合じゃない。
「ねえ、時間は?」
「そうだったっ!」
実篤はバタバタと廊下に走っていった。
――ろくでもないって言うんだって。こういう人のこと。
保住に教えてもらった。
『いいですか。課長。槇さんみたいに、いつだなし体を求めてくる男は、ろくでもない男って言うんですよ。言いなりになってはいけませんからね』
保住はそう言っていた。それはそうなのかも知れない。実篤は万年発情期の動物みたいなところがある。
時と場合をわきまえられるようにしつけていかないといけないと保住には言われた。
「雪~! 今日は寒くなるのかな?」
遠くから聞こえてくる声に、「今日は、最高気温13度。最低気温3度。くもりのち晴れ。雨は降らない」と答える。
しばらくすると、ばたばたと足音が聞こえて、実篤が戻ってきた。
「よし、わかった」
『わかった』の意味は理解できないが、伝えた情報の意味は理解したのだろう。そう判断してリビングに戻った。
時計の針は7時50分。
今日の天気と曜日を考えると、車の混雑は少ないと思われる。
――8時に出れば間に合う。
「用意できたっ」
バタバタと走って来る実篤は昔からうるさい。いつもがちゃがちゃとしていて、落ち着きがなく、言葉数も多い。もっと静かにしてもらいたいところだが……。
「ネクタイ。昨日と同じ」
「嘘だろ~!? そうだっけ? どうしよう」
――どうしようって、替えるしか方法ないじゃない。
「まだ時間ある。替えれば」
「そうするっ」
彼は踵を返してダッシュで寝室に戻って行く。なんだか、意味は分からないがため息が出た。
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