74 / 76
番外編1ー3 優しくして欲しい
「本当に秘書できる? 実篤。仕事できているの?」
「で、できているだろう? だからやってんじゃん」
「『やっている』のと、『やれている』は違う」
「――ねえ、本当厳しいんだから。もっと優しくしろよ……」
「優しく? 優しくってどうする? 頭撫でればいい?」
実篤の言葉は難しい時が多い。なにを言いたいのかよくわからない。
だけど、彼は他の人間と違って、わからない言葉を丁寧に説明してくれる。
「あのねえ。言葉の優しさだよ」
――言葉の優しさ……?
「例えば、『わ~、実篤ってさすが』とか、『実篤って出来る男』とかさ。褒めるってこと」
――さすが? 出来る男?
「篠崎さんも『できる男』って言葉使っていたけど、仕事出来ない人なんているの? それって、給料泥棒」
「だ、か、らっ。そういうのじゃないんだって。あのねえ、『できる男』っていうのは男にとったら一番の誉め言葉な訳? おわかり? 仕事はみんなできるんだ。その横並びの中で、特に能力の高い人間に対して使う言葉な訳。だから、そう言われたら素直に喜ばないと。かわいげがないっていうことだ」
「誉め言葉……なんだ。じゃあ、篠崎さん、おれのこと褒めていた?」
「そうだって。あのねえ。篠崎はお前のこと好きだろう? いいか。あの女とは口をきくなよ。いいな」
「口をきくなって。仕事にならない」
実篤の言うことは意味がわからない。
「じゃ、じゃあ、わかった! 筆談だ。筆談でもしておけ」
「実篤……」
「いいか? あの女はお前を男として見てるんだぞ? 隙を見せたらつけ入れられるからな? いい?」
「男として? 実篤は男として見ていない?」
「んなことないって。お前はれっきとした男だろう? そんな野暮なこと聞くなよ。お前の体のことは隅々まで、中まで知っているだろう?」
「そっか。それはそう」
――納得。
そんなやり取りをしていると、車は駐車場に到着した。
「はい」
彼は車のキーを差し出した。
「おれ、会食でタクシーだから。帰りはこれ使えよ」
「わかった」
彼から受け取った鍵をカバンにしまっていると、腰を引き寄せられた。
「もう、寝坊したら起こしてよ。朝できないじゃん」
「え?」
腰に添えられた腕とは反対の腕が伸びてきて、突然、引き寄せられた。
「!?」
きょとんとしていると、実篤はぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。
ともだちにシェアしよう!