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第5話 夕陽

 デッキを一周し終わってもまだ一緒に居たそうにしている朱美を置いて僕は部屋に戻ってきた。当然ながら顕さんはまだ戻っていなかった。また頭痛がしてきたので鎮痛薬の最後の1錠を飲むとソファに横になった。  天井を睨んでいたら涙が滲んできて、僕は目を閉じる。吐く息が震えた。何もかも嫌だった。  そのまま知らぬ間に眠っていたらしい。目を覚ますと薄手のブランケットが掛けられていた。 「顕さん?」  起き上がってバルコニーに目をやると手摺にもたれて夕陽が沈んでいくのを眺める男のシルエットが見えた。どうやら僕は朝食だけじゃなく昼食も食べ損ねたらしい。  じっと見つめる僕の気配を感じたのか、顕さんが振り返った。逆光になっていて表情はわからなかったがしばらくそのまま窓越しに向かい合っていた。ちょうどそのとき太陽が沈み、最後の瞬間に水平線に沿って緑色の閃光を見た気がした。グリーンフラッシュだ、と呆気にとられていると顕さんが窓を開けて中に入ってくる。 「具合はどうだ?」  頭痛だろ、と言って顕さんは卓上のコップと錠剤のパッケージを目で示した。 「…もう痛みはない。そんなことより今の見た?」 「なんだ?」 「グリーンフラッシュだよ。太陽が沈むとき一瞬だけ緑色に光った」 「へえ、お前の顔に見惚れてて見逃したよ」 「なんだよそれ」  また変に僕を持ち上げようとしているのか、とせっかく珍しい自然現象を見られた興奮も覚める。 「食欲は?何も食べないで薬を飲んだのか?」 「うん…そういえばお腹が空いた」  顕さんは心配した様子でまだしんどいのなら部屋に持ってきてもらおうかと提案してきた。だけど気分転換したかったし、日本食が食べたいと伝えて外に出ることにした。  4箇所あるダイニングと違って日本食のレストランはクルーズ代金とは別料金だ。僕は腹が立った時は男の金で好きなものを食べるようにしている。一番高いコースを頼んで、普段飲まない酒を飲もう。こんなことくらい相手にとってみればなんのダメージにもならないのだが。  僕たちは着替えてレストランへ向かった。  この船の日本食レストランには今回初めて訪れたが、日本食と言っても韓国か中国の料理人が作っているようで期待したほど美味しくはなかった。でも、思っていたより値段が高そうで僕はちょっとだけ気分がすっとした。日本酒の味なんてわからないけど、一番高いのを頼んで溜飲を下げる。

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