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第7話 白波

 どうして顕さんの方が傷ついた顔をしているんだろう。今まで散々傷付けられたのは僕の方なのに。あの日、しょげた顔をしてやり直そうって言うからこんな地球の裏側までついてきたのに。もっと僕に構ってくれて、優しくしてくれて、いい気分で旅行できると思ったから来たのに。 「えっと…言いすぎたよ。ごめん顕さん」  結局僕の方から謝ってしまう。相手の手を引き自分より大きな男の肩を抱き寄せる。いつも余裕たっぷりで自信家な顕さんが落ち込むところを見せられると僕はどうにも弱かった。   「僕、朱美のことなんて何とも思ってないしどうするつもりもないよ。顕さんのこと以外興味ないって知ってるでしょう。なのにどうしてあんなことするの?」  極力優しい口調になるようにして訊いてみても、顕さんは俯いたままで返事をしてくれなかった。 「顕さんが浮気したから、お返しに僕が浮気するとでも思った?」 「………」  何も言わない顕さんの後頭部を撫で、額に口付ける。信じられないことにこの旅行に来てからはじめて2人でベッドに横になってくつろいでいた。これまでは夜中まで遊びに出ていて、部屋に戻るとすぐにシャワーを浴び、死んだように眠ってしまっていたのだ。僕は溜息をついて天井を見上げる。 「はぁ…顕さんの浮気癖はどうにかならないのかな」 「悪かった」 「ふーん、謝る気はあるんだ」 「浮気…はしてないんだが一応…あと、朱美と二人きりで置き去りにしたことも悪かったよ」  結局、なぜ僕がこんな旅先でまで振り回されることになったのかはわからずじまいだ。きっといずれまた同じようなことが繰り返されるのだろうな、と諦めて話を終わらせようと思った時顕さんが言いにくそうに口を開いた。 「正直に言うとお前が……他の男に取られるのを見るのがどうしても嫌だったんだ」  突然の不思議な発言に僕は眉を寄せる。男?他の男って誰?どこから出てきた? 「俺とお前は歳が離れているし、きっといつかお前は俺のことを捨てるだろう?」 「え?」 話が見えなくて混乱する僕に構わず顕さんは続ける。 「それで他のやつに取られるくらいなら、相手が可愛い女の子ならまだ許せるかもって思ったんだ。」  僕はぽかんと口を開けたまま恋人の顔を見つめる。なんで僕が顕さんのことを捨てるって?浮気されて怒ってるのは僕なのにこの人は何を言ってるのだろう。 「そんなことあるわけないでしょう」 「いや、あるね。大人を舐めちゃいけない」 なぜか自信をもって断言してくる。 「僕だって大人だけど…」 「そうだよ。もう27だろ?そろそろ結婚のことも考えないといけない歳だし」 「結婚?え、僕が?」  顕さんの考えていることをずっと知りたいと思っていたけど、こうして知ったところで簡単に理解できそうもなかった。たしかに帰省した際母親に結婚はどうするの、とか孫の顔が見たいわ、なんて言われたことはあるけれど。 「あ、わかった!昔そうやって若い子に逃げられたことあるんだ?」 「な!ち、違う。そうじゃない」  目が泳いでるところを見ると図星みたいだ。こんなこと、浮気されたことより知りたくなかったかもしれない。 「でもだからって仲直りのための旅行中にまで浮気するなんてどうかしてるよ。いくら新しい恋人を探すのに焦ってるにしたって、僕を馬鹿にするのもいい加減に…」 僕が怒って言うのに被せるようにして顕さんが反論する。 「そうじゃないって言ってるだろ。俺の恋人を探してるんじゃない。お前の相手を探してるんだよ」 「え、どういうこと?」 「だから、俺はお前の結婚相手をずっと探してたんだ。お前は俺が浮気してると思い込んでたみたいだけどな」 「はぁ?だって今日もおばさんと…朱美の母親と二人でいなくなったじゃないか」 朱美を僕に押し付けて。 「あのときはデッキを歩いた後カフェでお茶してただけだ。それで朱美がお前に相応しいかどうか母親から話を聞いて判断しようと思ってたんだよ」 え、なにそれお見合いじゃあるまいし。僕は話の真偽を見抜こうとして顕さんの目をじっと睨んだ。 「本当だって。誓ってもいい。ああ、カフェのウェイターはマイクだったよ。彼から見える位置にずっと座ってたから俺が彼女と変なことしてないのは聞けばすぐにわかる」  マイクはここでの滞在中に顔見知りになった気のいい白人スタッフだ。 ここまで言うなら朱美の母親と何も無かったのは本当なんだろう。 「そう、それはわかったけど…」  僕の相手を探すってなに?驚きすぎて俄には信じられない。僕の恋人でありながら、勝手に僕の結婚相手を探していた?そんなことある?  あまりにも突飛すぎて嫉妬で苛々していた気持ちも吹き飛んでしまった。その代わりにこの男をちょっとこらしめてやりたい気持ちが湧いて来た。 「でもやっぱりよくわからない。ちゃんと理解できるように話してよ」  普段あまり自分の気持ちを話してくれない人だ。今まで散々振り回された分僕のことちゃんと愛してるって言うまで締め上げてやる。そう決意して顕さんの膝を跨いで乗り上げた。 「僕のことどう思ってるのか言って…」  ゆっくりと顔を寄せて鼻先が触れ合う位置で囁く。顕さんは珍しく強気な僕に気圧されて唸った。そしてこれ以上追及を免れるのは無理と悟って観念したようにこぼした。 「愛してる…いもしない相手に嫉妬しておかしくなるくらいに」そして大きな両手で僕の顔を包み、深く口付けた。  2人の間で交わされる荒い息遣いと湿った音が夜の闇に溶けて混じり合った。

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