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蛇足の顕視点 恋人がいかに可愛いかを語るだけの話(1)
俺は諸戸顕 。大学の准教授をしていて年は38歳だ。母方の祖父はオーストリア人でそれほど大きくはないが資産家の家系。なのであくせく働く必要はないんだが趣味を兼ねて構造力学の研究室にいる。
俺の父親は仕事が趣味みたいな人間でそれなりの規模の会社をいくつか経営している。本当は俺を後継者にしたかったようだが経営に興味がない俺はそれを断って大学に居座ったために半ば勘当状態だ。後継者ってことなら姉貴の方がずっと向いているんだからそれでいいだろうと思っている。
そんな俺には可愛い恋人がいる。大学で助手を務める佐伯卓弥 というとびきりの美人だ。今年27歳で、38歳の俺とは一回り近く年の差がある。最初に会ったのは卓弥が22歳の時で、初対面の印象は「まだあどけなさの残るアヒルみたいな奴」だった。
専門が専門なだけに、あまり見た目に気を配らない奴が多い学内だ。卓弥もはじめは黒縁の冴えないメガネ姿で、いつも寝癖のついた頭に大きすぎるシャツとダボついたスラックスといういで立ちだった。
ああ、何でアヒルかっていうと、難しい計算なんかで悩んでる時卓弥は唇を突き出して唸るって癖があるんだ。それでこいつアヒルみたいだなって俺は思ってた。これは本人には言ったことがないし、言ったら怒られるのは間違いないのでオフレコだ。あと、言ったらきっと気にしてこの癖を治そうとするだろ?あの唇可愛いからやめて欲しくないんだ。
話が脱線したな。その冴えないアヒルくんの魅力に気付いたのは俺だって話しをしないと。
あれは卓弥が26歳で、外部企業に就職をせずそのまま大学の学士助手になってもらった年のことだ。
うちの研究室は元々そんなに人気があるわけでもないし、パッとした成果を挙げてるわけでもなく研究費はいつもカツカツだった。祖父に話せば金なら快よく出してくれるとは思うが、自分の好き勝手をしてこの仕事をしてる以上無闇に頼るのも気が引ける。親父に至っては俺が大学にいるのがそもそも気に入らないので助けを求める選択肢はまず無い。
そんなわけで研究費をバックアップしてくれる企業をいつでも募集してるわけだ。そしてこの年も資金集めため、研究に協力してくれる企業を探す必要があった。
俺がまず表に出るのは当然として、助手の卓弥も隣について回ることになる。そんなわけで、一応ちゃんとした格好でないと社会人として示しがつかないので美容院に行かせて身なりを整えてやることにした。
ボサボサに伸び放題だった髪の毛を切って眼鏡をコンタクトに変え現れたのはびっくりするくらいの美少年だった。いや、成人してるから美青年と言った方がいいか。
とにかく俺の紹介した美容師のところから帰って来たらまるで別人になっていた。シワだらけのシャツとサイズの合わない色褪せたボトムスですら新手のお洒落なのか?と思わせるような見事な変身っぷりだった。思わず俺は「アヒルが白鳥に化けた…」と声に出して言ってしまうところだった。
さてそんなわけで花咲ける美しい顔の坊やは俺の好みどストライクだった。学内で恋愛するのは後々面倒なことになりそうで避けて来たが、こんな逸材に遭遇する機会は滅多にない。俺は自分のルールをアップデートすることにした。おかしな虫が寄り付く前に…つまり『搦め手から攻め立て必ず獲物を仕留めるのだ』。
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