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水族館の時間①
「計測の時間」へのリアクション、ありがとうございました!とても嬉しいです。
今回は、吉野が高校2年生の話です。
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六月は湿度は高いくせに肌寒い日が多い。必然、体調を崩す生徒も多い。三島律の務める保健室の扉はよく叩かれた。
雨の日の木曜日の昼休みも、扉はノックされた。昼休みに誰かがくるのは珍しい。
「はい」
事務的に返事をする。目線は手元のスマートフォンに行っていた。そこにはメッセージアプリの画面が映されていて、メッセージの相手は来宮吉野だった。受信日は昨日、メッセージは『水族館に行きたい』。
なんで、急に、なんて思っていたから対応が遅れた。
扉が開いて、閉まる音がして、人の近付いてくる気配がする。その人は三島のパーソナルスペースのぎりぎり外側に立つと、「せんせぇ? 何見てるの?」と言ってきた。「先生」の活舌が微妙に甘い。慌てて顔を上げる。
「来宮」
目の前には来宮が立っていた。来宮吉野、十六歳、高校二年生、三島のとても清いお付き合いの相手で、さっきのメッセージの送り主だ。衣替えを迎えたので、校章の入った白の半袖のワイシャツに、グレーのスラックスの夏服姿をしている。ノンフレームの眼鏡の奥で、ネコ科の目が三島をどう料理するか、と考えていそうだ。
「せんせぇの来宮吉野です」
語尾にハートでもつきそうな物言いだった。これはこれで似合ってしまうのだけれど、本人はネタのつもりだったらしい。「っぷはっ」とすぐに吹き出した。そして三島の顔を見て、「あれ? せんせぇ、ツボでした?」と小首を傾げて尋ねてくる。これもあざとさと紙一重だ。
「せんせぇ、案外ベタなのが好きなんですか?」
なんと返そうか考えている内に、来宮がどんどんと質問を投げかけてくる。いい加減頭痛がしてきた頃、来宮は三島の顔を覗き込んで「せんせぇ、大丈夫です?」と訊いてきた。惚れた弱味もあるけれど、来宮の顔は可愛い。間近で見ればキスのひとつもしたくなる。あと二年弱、三島の理性が保つ間はそういうことはないだろうけれど。
三島は変な気分を切り替えるために、一度溜め息を吐いた。
「で、来宮は今日は何しに来たの?」
三島の溜め息を呆れたと解釈したのか、来宮はちょっとしょげた顔をしている。これはこれで失敗した子猫のようだと思う。
「せんせぇをデートに誘いに来ました」
ぷぅとむくれて、三島と視線を合わせずに来宮は答える。これは、昨日返信がなかったことと、先程の三島の溜め息から、望み薄だと思われているのだろうか。
「水族館の話?」
返信しなかったのは三島なので、三島の方から話を振ってやる。ここまで言うからにはよっぽど行きたいのだろう。むくれたままの来宮はちら、と横目で三島を見て、こくり、と頷く。
「行きたいの?」
言ってから、これは性格が悪かったな、と三島は反省する。
「せんせぇは行きたくないです?」
恐る恐る来宮が訊いてくる。そして爆弾を投下した。「僕、誕生日なんです」
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