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水族館の時間②
そういえば一年前も来宮は、水族館に行きたいと言っていた。あれは三島のメッセージアプリのアイコンを見て、言ったのか。そもそも水族館が好きなのか。
どうすべきか悩んでると、こつん、と三島の座る椅子のキャスターが蹴られた。来宮が爪先で蹴飛ばしたらしい。
「別に無理にはいいです」
そっぽを向いたまま来宮が言う。本人は譲歩のつもりかもしれないけれど、明らかに拗ねている。確かに去年は誕生日を祝うどころではなかった。来年は受験が控えている。受験生を三島が誘う可能性は低い。つまり今年祝わないと、来宮は三島に都合三年間誕生日を祝ってもらえないことになる。それは可哀想だ。
「でも友達と行かなくていいの?」
今は遊びたい盛りじゃないのだろうか。
「友達とはボーリングに行く。僕は、せんせぇと、行きたいっ」
もう一度キャスターを蹴り上げられる。
「来宮、足」
注意すると、来宮はまたぷくぅと頬を膨らませてそっぽを向いた。
来宮は三島と水族館に行きたいらしい。選ばれた、というのはいくつになっても嬉しいものだ。頬杖をついていた三島の口角が上がる。
「いいよ、行こうか」
何気ない三島の一言に、来宮の表情がぱぁと明るくなる。
「本当に?」
「本当に」
当日は水族館の最寄り駅で待ち合わせをした。Tシャツ、細身のデニムのパンツ、履き古したスニーカーという来宮の恰好は、見るからに高校生の私服という感じがして可愛らしかった。
来宮は待ち合わせをした最初の頃はもじもじとしていたけれど、段々といつものペースをとり戻していった。
「せんせぇ、水族館は好き?」
「せんせぇ、何の魚が好き?」
「ダイオウグソクムシのぬいぐるみ、あったら欲しいですね」
あまりに目をきらきらさせて言うので、「来宮、ダイオウグソクムシ、好きなの?」と聞き返してしまった。決して、イルカのぬいぐるみが欲しい、などと言うとは思っていなかったけれど、そうきたか、という気持ちだ。
「嫌いじゃないです」
「あんなの、巨大ダンゴムシじゃないか」
別に三島も嫌いではないのだけれど、なぜファーストチョイスがあれなのだ。そう思っていたら、「わかるせんせぇも大概ですよ」と言われてしまった。揚げ足をとられた気分だ。
それでも水族館に着くと、他の水槽でも充分テンションが上がる。大水槽の前で、「せんせぇ、エイですよ」「せんせぇ、イワシは追いかけられないと、まとまって泳がないって知ってます?」「せんせぇ、ウツボです。動かないですね」と喋り通しだった。しかも楽しそうだ。来宮は本当に水族館が好きなのかもしれない。こんなに楽しそうな顔をするなら、一緒に来て正解だった。
来宮の半歩後ろで水槽を眺めていたら、ふと来宮が振り返ってこちらを見上げてきた。
「せんせぇ、つまんないですか?」
こてん、と小首を傾けて、心配げに尋ねてくる。これは心外だ。
「なんで? 楽しいよ?」
楽しそうにしている来宮を見るのが。
「だって、僕ばっかり話してる」
ああ、そういうことか。三島は得心した。
「来宮が楽しそうにしているところが、楽しい」
そう伝えると、来宮の顔がぱっと赤くなった。
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