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水族館の時間③

 大水槽の前で、三島はおもむろにスマートフォンを取り出した。時間を確認する。そろそろだ。水槽に貼りついている来宮に声をかける。 「来宮、イルカショーって見る?」  ファーストチョイスがダイオウグソクムシだから、好きかどうかわからないけれど、イルカショーは水族館の目玉だ。  振り返った来宮は「見る」と答えた。イルカショーが好きなのか、三島から誘ったからなのか、わからなかった。それでも楽しいことに変わりはないらしい。  イルカショーのプールに行く途中の壁に貼られたバンドウイルカの写真を指さすと、「この子、『りつくん』っていうんですね」と来宮は笑った。確かに写真の横に「バンドウイルカ りつくん」と書いてある。 「せんせぇと同じですね」 「そうだね」  三島としてはイルカと同じ名前だということは複雑な気分なのだけれど、来宮が楽しそうなので、まあいいか、という気分だ。  中程の席に座る。席と席の間隔は狭くて、自然三島は来宮のパーソナルスペースに入り込む。間近で見る来宮はまだ幼くて、将来どう成長するのか楽しみだ。  アナウンスが入り、イルカショーがはじまる。その頃には満席で、立ち見の観客もいた。会場中の視線がイルカプールに向けられる。今なら来宮にキスしても、誰も気付かないんじゃないんだろうか、と思った。当の来宮は、紹介されたイルカが芸をすると拍手をして、イルカショーに夢中の様子だ。  飼育員が「バンドウイルカのりつくんでーす」と紹介したときには、三島の方に顔を向けて目を細めた。口角が上がって、白い歯が見える。来宮に釣られて三島も笑う。  来宮の様子に、おや、と思ったのはショーの中盤くらいの頃だった。ちら、と視線だけで隣の三島の様子を窺ってくる。何か伝えたいことでもあるのかと思うと、すぐに視線を逸らす。 「来宮?」  小声で来宮を呼ぶけれど、ショーの歓声に掻き消されてしまったかもしれない。来宮の挙動を注意深く追ってみると、膝の上で三島側の手を握ったり、開いたりしている。なんてわかりやすい。三島は口の中だけで笑ってしまった。  それからふらふらと落ち着かない来宮となんとか視線を絡める。「え」という顔をしている来宮の、落ち着きのない手をとった。瞬間、来宮の耳まで赤くなった。 「せんせぇ、」  何かを言おうとした来宮に、「しぃ」と三島は唇に人差し指を押し当てて黙らせる。  三島の手のひらの中の来宮の手はまだ幼さが残っていて、線が細い。その指がわなわなと動き、そっと三島の指に絡めようとしてくるので、三島の方から掬ってしまう。  ショーが終わるまであと五分もない。ショーはクライマックスに向っている。観客はみんなショーに夢中だ。多分ショーのことなんて頭から抜けてしまったのは、来宮くらいだろう。  まさか見せ場の多いバンドウイルカのりつくんに、三島が嫉妬したなんてことは、ない。 「吉野くん、誕生日おめでとう」  二年後の吉野の誕生日は平日だった。バイトから帰ってきた吉野に、律はプレゼントを渡す。一抱えはあるそれに、吉野は「律さん、何これ?」と小首を傾げた。 「開けてみて」  そうは言っても、ラッピングがされているわけではない。白いビニール袋から吉野がとり出したのは、灰色の、一抱えはあるダンゴムシ状のぬいぐるみだった。 「ダイオウグソクムシ……」  吉野がぼそりと呟く。ついでに何かを思い出したのか、ほんのり頬を赤らめた。 「よく見付けたと思わない?」  律が笑って自負するけれど、吉野はぬいぐるみを抱きかかえて、呆れたふうに律を見遣った。 「これを選ぶ律さんも大概ですよ」  

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