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人工呼吸を求めます③

 はぁと大きくため息を吐いた先生の、指の長い大きな手が視界を遮る。顔の上半分がすっぽり隠されてしまい、何も見えない。 「せ、先生……?」  呼んでみても返事はなく不安になってくると、体重はかけられていないが腹部に跨られたのが気配でわかった。そして閉ざされた視界の中でカチャリと金属や布の擦れる音が響く。その音を聞いて全てを察し、息を飲む。  先生は今、あの大きいのを出しているんだ。  そう考えただけで胸がざわめいた。もどかしくて足首をむずむずと動かす。俺はこんなに身体の隅々まで見られているのに、先生のは見たことがない。まともに触ったこともない。今、目の前に晒されているはずなのに、先生の手に塞がれて何も見えないのが悔しくてたまらない。少し視線を下げればそこにあるはずなのに。 「せんせぇ、手、やですっ……どけて……」 「だめ」  ソファが揺れて、先生の吐息が僅かに漏れる。くちゅと小さな音が聞こえ、その次に伝わる振動に……先生が俺の上で扱いている事実に、達してしまいそうになるほど興奮した。  いつも俺の泣き顔で抜いてた先生が今、目の前で扱いてるなんて。先生の記憶の中の自分じゃなくて、目の前の俺でしてくれてるなんて。 「ん……ほら、出雲。自分で、胸……気持ちよくしないと」 「あ、ごめんなさいっ……」 「立っちゃってる乳首に、かけたいから」 「あっ……」  目を塞ぐ手の親指が、上唇を撫でた。親指に舌を伸ばせば、口内に浅く差し込まれる。  目隠しされて、その親指を咥えて。上では先生が自身を扱いていて、自分も胸の先端と男性器を弄って。  この状況を想像するだけで気持ちよさに、この高まりに拍車がかかる。気持ちがいいし、ドキドキしすぎて心臓が痛くてどうにかなってしまう。 「あ、あ、せんせい、せんせい……」 「乳首、大きくなってきてる。いい子」  口内を遊ぶ親指が下唇を撫でて、口を開かされる。中も撫でてほしくて必死で舌を伸ばして親指を追いながらも、気持ちいいのが止まらない。 「きもちひぃ、せんせ、くちのなか、も……っ、あっ……」 「舐めるの……すき?」 「すきです、だいすき……」  ぐい、と親指が奥まで捩じ込まれる。先生の手、大きい。目を塞いだ手はそのままなのに。ちゅうちゅうと親指を吸ったあと、頑張って舌を伸ばせば指と指の間まで届き、舌を這わすことができる。もう自分の口の周りがよだれまみれになるのも構わず先生の親指を舐めまわした。 「いずも……」 「んぁっ……せんせ……ん、んく……」 「あー…………ほんと、かわいい」  くちゅ、ぬちゅ、と響く水音はどちらのものかわからない。先生どんな触り方してるんだろう、どこが感じるんだろう。そんなことを考えながら人差し指と中指で男性器を挟んで扱きながら、自分の気持ちいいカリ首の下に人差し指の関節を押付け刺激すると、あまりの気持ちよさに声が震えた。 「せんせぇ、きもちいぃ……あぁぁ、おちんちん、きもちいー……しこしこ、いいよぉ、すきっ……んん、あっ、せんせいも、きもちいいっ、ですか? きもちい?」 「はぁ……うん、気持ちいい」  吐息が混じる先生の声に嬉しくなる。先生も気持ちよさそうで、良かった。 「はぁ、あっ……うれしぃ、あっ……せんせ、おれもぉ、あっ、だめだめだめ、あぁぅ……っ」 「イきそう……?」 「いき、そ……あぁ、せんせぇぇ、あっ、あっ、ちくびにっ……んん、かけてくだ、あ……っ」 「うん……いっぱい、かけれそう」  ソファがギシギシと揺れ、先生が自身を激しく扱いているのが伝わってくる。そんなに激しく扱いてるなんてと思いながらも、俺もそのリズムに合わせて手を動かし、背が弓なりに反り返る。自分の吐く息が熱くて頭もくらくらする。  イッちゃう、イッちゃう、先生にかけられちゃう。  そう思ったらもう限界だった。 「あっ、あっ、あっ、出ちゃう出ちゃう出ちゃいますっ……! イクッ、せんせ、ああぁっ!」 「ん、一緒に、いこうね」  先生の囁きを合図に、俺は果てた。  頭が真っ白になって、あまりの快感に腰がビクビクと何度も大きく跳ねて、何回かに分けて精液が排出される。それに数秒遅れて、胸元がじんわりと熱くなった。先生の精液かけられちゃってる。先生もちゃんとイッたんだ。  見えていないとはいえ初めて目の前で先生がイッてくれた。それがとても嬉しくて先生に両腕を伸ばすと、またソファがギシと軋み、先生に抱きしめられ唇を重ねた。唇を重ねる寸前に目隠しはやめてくれたが、何度も何度も下唇を吸って舐められ中に舌が滑り込み、こんな風にされたらまだ目が開けられない。舌の中央を撫でられたり、先生の長い舌に絡み取られたりして、また心臓が高鳴ってくる。  長い長い口付けの後、唇が離れていく。いつも涼しい先生の顔は、額に汗を浮かべほんのり頬を上気させ、息も荒らげていて……その熱っぽい視線はまた腰が疼くほど色っぽかった。 「先生……すきです」 「うん」  頷いて、頬に口付けされ、瞼にも口付けされ、さらに前髪をかきあげて額にも口付けされた。そして先生は身体を起こし、ソファから離れていく。  息を整えながら余韻に浸っていたが、しばらくして先生のちんちん見るのを忘れたことに気がついて悔しさに足をバタつかせた。ソファがぽすぽすと音を立てる。あの、いつも背中とかお腹にあたる大きいのを見るチャンスだったのに!  でも自分の胸元に視線を下ろし、そこに指を滑らせればぬるぬるしたものが付着しており、それを指で掬いとって口に銜えた。苦い。もう一度掬いとってよく観察すると生成色のような濃い白色をしていて、臭いもとてもいやらしくて、熱いため息を漏らしてしまった。 「ん……この味すき……」  ちゅうっと自分の指を吸って、胸元に広がる精液を伸ばして柔らかくなった乳首にぬるぬると塗りつけ転がす。また固くなってきてしまう。 「ん、ん……先生の……どろどろ……」  良くなってきて性器にも手を伸ばしてしまいたくなったところで、ティッシュ箱を片手に先生が戻ってきた。もちろんズボンはすっかり元通りだ。  先生は俺の恥ずかしい姿を見て一瞬動きを止めるが、次の瞬間には何事もなかったかのようにソファの横に膝立ちになった。そしてこっちはまだ遊んでいるというのにせっかくの先生の精液をティッシュで全て拭き取ってしまう。腕を捕まれ指先までしっかりと。 「あっ! 先生、ひどいです!」 「もう、だめ」 「じゃあ捨てる前にもう一度だけ匂いを嗅ぎたいです」 「えっち、へんたい」 「淫行教師に言われたくないです!」  長い腕を高く上げられたらいくら手を伸ばしてもちっとも届かない。俺にもう渡してくれることはなく、そのティッシュは捨てられてしまった。  むくれながらソファから身体を起こすと、先生も隣に腰を下ろした。でも隣じゃ足りなくてさっきみたいに抱っこしてほしくて、先生の膝に向かいあわせで乗ったらぎゅっと返してくれた。恥ずかしくて先生の胸板に顔を埋める。 「先生の見たかったです……」 「だめ……興奮しちゃうでしょ」 「俺がですか?」 「うん」  否定はできないけれど。最中に興奮するのは悪いことじゃないのに、と余計にむくれたくなる。むっとしながら先生に抱きつく手の力を強めると、背中を優しく撫でられてしまった。 「怒らないの」 「怒ります」 「機嫌……なおして?」  ゆったりとした先生のいつもの口調にほだされそうになる。けれどいつも先生のペースで面白くない、悔しい。 「いやです、先生きらいです」 「ひどい」 「きらいです、もうきらい。入れてくれないですし見せてもくれませんし。なのにエッチなことはしてきますし。俺だって先生のこと好きなのに、俺は先生のこと好きじゃないって言うし」 「嫌いなの、好きなの……?」 「きらいです!」  真剣に怒っているのにくすりと聞こえて顔を上げると、目を細めて微笑む先生の顔があった。俺を見下ろして頬に手を当てて長い親指で撫でる。さっきべちゃべちゃにしてしまった親指からは石鹸の香りがする。 「きらいです……」 「うん、いい」 「良くないです! 先生は俺のこと好きなんですよね? 良くないでしょう」 「大好き、だよ? でも、別にいい……嫌いで」  そんなことを言いながら優しい顔で頭部に口付けるから、怒っているのに罪悪感がわいてくる。恥ずかしくてきゅっと目を瞑りながら先生の頬へキスを返す。行為中以外のこういう行動は苦手だ。 「嘘です、きらいじゃないです」 「知ってた」  またちゅっとされる。照れる……けど、嫌じゃない。 「もう……あ、でも家を知ってるのは気持ち悪いです。なんで知ってるんですか? 名簿かなにか勝手に見たんですか?」  どうにかして先生を咎め困らせようとしつつ、ちょっと気になるので聞いてみた。先生は目線をゆっくり天井にやり、ああ、と呟く。 「お姉さんも……うちの高校、だったよね?」 「え? そうですけど」 「体調、崩して……帰れそうにないのに、家の人に……連絡つかなくて。送ったことある……車で」 「ええっ!?」  驚いて大きな声を上げてしまったが、先生はいつも通りゆっくり瞬きをするだけだ。 「どっちの姉ですか?」 「二人いるの?」 「はい。あの……姉とも何かあったんですか? 関係というか、なんというか深い……」 「何も。気づいたのも、最近……他の先生に言われて、知った」  何もない、と聞いて安心した。姉と先生に何かあってのこの関係だったら、そんなに苦しいことはない。また二番手だったらどうしようかと思った。でもそれでもまだモヤモヤする。 「先生の車……姉が先に乗ってたの、なんか嫌です」  俯いて下唇を噛むと、先生は目にかかった前髪をさらりと流してくれた。上目遣いにちらりと確認するが、いつもの眠た気な顔があるだけで動揺している様子もない。 「さすがに……買い替えてるよ? 随分前だし……」 「ああ……確かにそれはそうですよね」  下の姉でも今二十六歳だ、高校に通っていたのは八年前の話である。  しかし八年前という数字を疑問に思った。先生はそんな前からうちの高校に在籍しているのか。 「あの、先生おいくつですか?」  考えてみればこの関係になって二ヶ月ほど経ったというのに先生の年齢を知らなかった。  漠然と若い先生というイメージがあったので質問してみたが、先生は少しの間こちらを見つめると突然顎を掴み、食いつくように強引に唇を重ねてきた。いつもより乱暴な口付けに驚いて頭を後ろへ引くが、後頭部を押さえつけられより深いところまで舌を絡めとられる。舌を吸われて喉まで届くのではないかと思う所まで舐められてしまい、息ができなくて先生の胸をとんとん叩くが聞いてくれない。  やっと解放されたと思えば、ソファに身体を下ろされ先生はその場から立ち上がった。 「考えたこともなかった……みたいな顔」  そしてテーブルの上の煙草の箱を手に取り一本咥え、振り返る。 「君って……本当、僕自身に興味がないね」  それだけ言い残し、さっさとベランダの外へと出ていく。窓を開けた瞬間に冷たい風が入って思わずぶるりと身を震わせた。  どうしよう、怒らせてしまったかもしれない。  なんとも言えない気まずさに、床に落ちた下着とスキニーパンツを拾って身なりを正した。ソファに座って暗い夜の闇の中で煙草を吸う先生の背中をカーテン越しに見つめながら、言われたことを反芻する。しかし図星すぎて適切な返事が思いつかない。  俺は先生のこと何も知らない。知らないし、知ろうとしたこともないに等しい。  吸ってる煙草の銘柄はキャスター。  それくらい。  先生が優しくしてくれて、気持ちよくしてくれて、甘やかしてくれて、好きでいてくれることをただ求めているだけだ。  ゆっくりと立ち上がり窓に近づいて、また先生の背中を見つめる。風が少し長めの黒い髪を靡かせている。きっと冷たい風なのだろう。  先生を見ていたらどうしてか俺自身が寂しくて寂しくて仕方なくなり、勢いに任せて窓を開けた。先生が使っているため外履きもないのに靴下のまま、振り向かない先生の背中にくっつく。手のひらに当たる肩甲骨が少しだけ動いた。 「先生、俺……彼と、ハヤトと同じことしてるんですね。ごめんなさい、先生……ごめんなさい」  先生の心音と共に煙草の煙を吐き出す時の肺の動きが、背中越しに伝わってくる。 「最初に……その話は、した」 「はい。でも俺、ちゃんとわかってませんでした。先生のこと何も考えてませんでした」 「別に、いい」 「嘘です、先生怒ってるでしょう」   その言葉に先生はゆっくりと振り返り、俺が背中から離れると眉根を寄せて首を傾げた。前髪をかきあげて煙草を咥える。 「わかってたこと、だし……怒ってない」 「じゃあさっきの何ですか」 「うん?」 「なんというか、嫌味なこと言ったじゃないですか……まぁ本当のことですし、俺が悪いんですけど……」 「あれ、は……なんか……」  煙草を咥えたまま腕を組んだと思えば、ド近眼の人みたいな顔の顰め方をしてベランダのフェンスに寄りかかった。いつもの先生節かと思って続きの言葉を待つが、一向に口は開かない。  長い沈黙の後、先生は煙草の煙を吐き出した。そして室外機の上に置かれた缶の灰皿に吸殻を押付け捨てる。 「うん、怒ってたね」 「怒ってましたよ……」  長らく待たせたくせに結局は同意するだけなのかと、がっかりして肩を落としてしまった。全くなんなんだろうこの人は。 「抱っこして、いい?」 「へっ」  上半身を傾げて、先生が両手を広げる。  いつも勝手に抱き上げるくせに、ちゃんとさっき話したこと覚えてくれている。勝手に抱っこされるのは驚くから嫌だったけど、改めて聞かれると恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じながら頷き俺も両手を広げた。 「えっと……どうぞ」 「うん」  正面から脇の下に手が入り、背と腰を支えられてふわっと身体が浮く。先生の首にぎゅうとしがみついて抱かされる体勢を作るのももう慣れた。まさかこの歳になって、しかも身長が低いわけでもない自分がこんなに抱っこされるだなんて、思いもしなかったのに。 「先生は抱っこするの好きですね」  照れ隠しに呟くと、もっと恥ずかしい答えが返ってきた。 「こうすると、出雲が……ぎゅってしてくれる」 「な、何を言ってるんですか」 「体の重さも感じて……愛しい」  背中を支える手の指先が、そっと割れ物に触れるようにそこを撫でる。 「君といると……感情が、揺さぶられる」  風が吹く。先生の髪がキンと冷えた頬をかすっていく。頬や首筋、足首は冷えているけれど、先生に密着している部分は暖かい。ふと夜空を見上げると星が綺麗で、そこに浮かぶ自分の白い息が澄んだ空気に消えていく。 「いずもには、よく……怒ってるかも。ごめんね?」 「そんな……先生は優しいです」  どうなんだろうと、先生はよく耳を澄まさなければ聞こえないような、小さな声で呟いた。静かな夜で良かったと思う。  先生は片腕で俺の腰だけ支え抱き上げたまま窓を開け、暖かい部屋の中へ入った。足の裏側が黒くなってしまった俺の靴下を片方ずつぽいぽいと脱がせては捨て、冷えた足先を手のひらでぎゅっと包む。 「君は僕の……自分も知らないとこ、教えてくれるから。君も知ってくれたら、うれしい」  俺も知りたいですとか、もっと積極的な言葉をかけたいのに、なんだか胸がつかえて頷くことしかできなかった。いい子と頭を撫でられ、ゆっくりと身体を下ろされる。でもまだ俺は離れたくなくて、先生に抱きついた。 「あの……今日は友達の家に泊まってきてもいいよって言われてるんです。先生に迷惑だろうから遠慮しようと思ってたんですけど、もっと先生とお話したいです。お泊まりさせてもらってもいいですか」 「え。無理」  こんなに良いムードで先生は明日からお休みで、きっと快諾してもらえると思ったのになんとも短い拒否の言葉をいただいてしまった。がばっと先生の身体から飛び退き、ついつい声を荒らげてしまう。 「今の流れで! なんでですか!」 「襲われるから……」  両腕で胸を隠すような動作を、真顔でする姿にますます腹が立つ。ああ、もう。いつも笑顔だとよく言われるのに先生の前だとむくれることの方が多いです。 「襲わないですよ! 人をなんだと思ってるんですか」 「理性の欠片もない子……」 「最低です! 酷すぎます! もう絶対泊まっていきます。理性的なところ見せつけますから!」 「一晩……きつい……」  いつも半目の目をますます細めている先生を後目に、さっき脱ぎ捨てられた靴下を拾い、ついでに辺りに散らばる衣服も拾う。散らかっていると落ち着かない。  泊まると決めた時には襲うなんて発想は露ほどにもなかったけれど、確かにこれは先生に襲われるチャンスなのではと頭に過ぎる。  襲われたい、もう俄然襲われたい。  リビングの壁にかけられた木目調の時計を確認すればまだ二十一時半。夜はまだまだこれからだと、こっそり笑った。    

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