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番外編・それは必然だったこと(隼人×出雲)

 友人たちと廊下を歩いているとトントンと指で肩をつつかれた。この呼び方は彼だとすぐにわかり、期待しながら振り向く。 「先輩。今日ひま?」  薄く切れ込みが入ってるみたいにキュッと上がった口角からなる笑顔は、いつも少し意地悪そうだ。その彫りの深い鋭い瞳も。彼を見るといつも一瞬時が止まる……しかしそれは自分だけのようで結果として反応が遅れてしまう。 「あ、今日は生徒会の集まりが……」 「その後は? 遅くてもいいから飯作り来いよ」 「それなら……はい、わかりました」  よっしゃ決まり、と言って手を振りながら颯爽と廊下を歩いていく歩幅の広い背中にしばらく見惚れる。  昨日の夜、我が家の夕ご飯の下ごしらえを済ませておいて良かった。というより、彼の家に呼ばれるようになってからはいつ誘われてもいいように前日にある程度支度をしておくようになった。きっかけは二ヶ月ほど前の昼休みにお弁当が美味そうだと声をかけられた、それだけだったのに。いつの間にか彼の家でご飯を作ったり、料理を教えたりするようになった。そしてその誘いを受けるのが待ち遠しくなっている自分がいる。 「いずもん、最近一年のすんごいイケメンと仲良いよな。大鳥だっけ。近くで見るとやっばいな、同じ人間と思えねぇ。二次元だわ」  気がつけば友人二人も彼が去っていった方角を見て感嘆の声を漏らしていた。彼……大鳥 隼人は際立って良いその外見のため入学して以来、何かと話題に上がる有名な生徒だった。やっぱり凄い子と知り合いになってしまったんだなと改めて感じる。自分も知り合う前は住む世界が違うと思っていた。いや、今もそうだ。 「一人暮らしで大変らしくて、料理を教えたりしていて……」 「でもさ、あいつ女癖ひどいって有名じゃん。あいつと仲良くするといずもんまで変に見られないか心配だよ」  友人のうちお調子者の坂本と違い、スポーツマンの山下は心底嫌そうに顔を顰めた。  しかしそう、その通りなのだ。まだ入学して数ヶ月だというのに先輩や俺らと同学年の女子生徒が泣かされたなんていう話を、どちらかといえば色恋沙汰にうとい自分でも耳にした。  でも自分は男だし、関係ない。俺が知っているのは作ったご飯をおいしいおいしいとたくさん食べてくれる彼だけだ。こんな自分を見つけては声をかけてくれたり、家に誘ってくれたりそれがとても嬉しい。あんなにかっこよくて魅力溢れる子に構ってもらえたらどうしたって好意的になってしまう。 「でもいいよな、大鳥なら女子のほうから抱いてくれって頼みにくるんじゃね? 俺でもやりまくるね!」 「いずもんの前でそういう話するなよ!」  とんっと肩を叩いて注意しながら、なぜか山下がごめんなと謝るので、笑って首を横に振った。  自分が真面目すぎるせいなのか、子供っぽく見られているのかわからないが、友人たちの仲でなんとなく俺の前で猥談を話すのはやめようという風潮があるようだった。多分、俺がいないところでは話しているんだと思う。まぁ話に乗れないから助かるけれど。他にもなんとなく別の友人に対してより丁寧に扱われているというか、やたらと優しくされている気がする。仲良くしているのだし悪いことではないと思いながらも、線を引かれているようで少し寂しかった。  放課後になり早く業務を終わらせてしまおうと急いで生徒会室へ向かうと、中にはいるはずのない彼がいた。ドアの外から扉の窓をよく覗くと、こちらに背中を向けているが三年生で書記をしている先輩も一緒にいる。長い黒髪が綺麗な少しキツめの女性の先輩だ。  見ていると二人の距離は近く、彼の手は先輩の腰に置かれていた。チラチラと見えるいつも厳しい先輩の表情も、別人のように柔らかくなんだか女性らしかった。  中に入っていいものかその場でまごついていると、彼と目が合った。俺に気がついて歯を見せて薄く笑い、ドアに近づいてくる。 「先輩、覗き見?」 「あっ、いえ、邪魔したら悪いかと思いまして……」  ニヤニヤとしながら顔を近づけてくるので、慌てて下を向く。そんな俺の肩をぽんと叩いて彼は横をすり抜け生徒会室から出ていった。 「終わったら俺ん家きて。待ってる」  「わかりました……」  彼を見送って先輩を見たら、赤い顔をして気まずそうにしていた。ああ、こういう事かと察する。  察しながら……知っていたはずなのに酷くショックを受けている自分がいた。女友達が多いだけかもしれないとか、頭の中で色々な言い訳をする。なんでこんなにショックなのか、その理由を考える余裕すらなかった。  もう道も覚えてしまった彼の家へ伺えば、いつも通り迎え入れてくれた。勝手に気まずさを感じながらも料理を作れば落ち着くはずと、いつもそれなりに食材の入っている彼の冷蔵庫を覗くと中は空っぽという状態に近く、さすがにこれでは何も作れないと狼狽えてしまった。 「あの……買い物に行きましょうか。食材がありません」 「あーやっぱ今日はいいや。飯作んなくて」 「え、でもそしたら俺はなんのために……」  毎回食事のために呼ばれていたのに、一体どういう事なのだろう。それ以外のことなんてしたことない。戸惑っていると、ベッドに寝転びながらキッチンにいる俺に手招きしてくる。近くまで行ってみれば、腕を引き寄せてベッドの端に座らされた。 「別にいいじゃん、友達なら用がなくても。ほら、もっとこっち来いよ」  そう言って自分の隣を指すので驚いた。だって隣に寝転ぶなんて。彼は一人暮らしなのになぜかダブルベットを置いているので二人なら余裕で寝られるが、それでもそんなことできるはずがない。 「いえ、制服ですし……」  彼は部屋着なのに対し、自分は制服のままなのでそれを言い訳に断らせてもらった。 「皺になるか。じゃあ俺の服貸そうか? 落ち着かねぇもんな」 「いやそんな! いいんです、あの……恥ずかしい、ですし……」 「ふーん?」  唇を尖らせつまらなそうに返事をされ、それだけでとても責められている気分になった。こういう時、他の人ならどうするのだろう。悪ふざけで一緒にゴロゴロしたりするものなのだろうか。  自分のこういうノリの悪いところが友人たちからも線を引かれる原因なのだろうかと思ったら一人で落ち込んでしまった。下を向き、膝の上に置いた手を強く握る。つまらない自分に、期待に応えられない自分に嫌気がさす。  横目で彼を見たら、天井に向けていた目がこちらに向いた。笑いもしない、怒った顔とも言えない。けれどもその光に透けた琥珀色の瞳は真顔だとより美しさが強調され、心臓が高鳴った。彼といると毎度心臓がつらくなる。 「なぁ、やっぱこっち来いよ」  もう一度言われ、今度は失敗したくないと俺は頷いた。上着を脱ごうとすると彼は起き上がり後ろからそれを手伝ってくれた。ネクタイもゆるめられ、こんなこと初めてでどこまで身を任せていいかわからない。 「さっきの女さぁ」  ワイシャツのボタンに手をかけながら突然彼が語り出した。さっきの女だなんて言い方にどぎまぎしてしまうが、生徒会の先輩のことだろう。いやそれより自分はどこまで脱がされてしまうのだろう。着替えるのだろうか。まるで後ろから抱きしめられてるようにボタンを外されていく。首のあたりに彼の吐息を微かに感じられるほど距離が近い。 「付き合わないとやらせてくれないんだって。久しぶりにガッツリ断られた。付き合ってくれたらいいよとか冗談だろって」 「やらせてって……」 「いやだからセックスさせてくれねぇって話」  すぐ後ろから響く声にぞくりとした。彼から聞くその単語は同級生から聞くものより生々しい。  その口ぶりからしてやっぱり噂は本当だったんだと思った。先輩ともそういうことしたいと、誘って。他の人とも、きっとたくさん。  何かイメージのような物がぶわっと頭の中で湧き上がるが、あまりに知識が乏しくてなんだかよくわからなかった。ドラマや映画のベットシーンくらいしか見たことがないので、実際どんなことをするのかわからない。しかしそれを自分で想像するのはとてもできなくて、頭がいっぱいいっぱいになった。こんなこと考えてはいけない。 「先輩は……明らかに童貞っぽいよなぁ?」 「あっ……」  恥ずかしくて言葉にならない。そろそろ同級生でも経験のある人は増えているようだが、女性を好きになったこともない自分には縁遠いことだった。顔も体も何もかも熱くなる。  彼はワイシャツのボタンを外すと、急に両方の乳首を人差し指でさすってきた。びっくりして変な声が出てしまい、それにさらに驚いて背を丸めて縮こまり、両手で体を隠す。 「や、やめてくださいっ、なにするんですか!」 「いや、代わりにやらせてくんねぇかなって」 「は、はぁ!? からかわないで下さい!」  平然と言ってのけるので何かと思った。人に対してこんな物言いもした事ないので自分にも驚き、思わず口に手を当てる。  訳が分からない、ただただ混乱する。ドキドキする。男の自分になんてこと言うんだろう、絶対に変だ。でもなぜだか嫌だとか強い拒否のようなものはなく、それも含めてひたすらどうしたらいいのか分からないという感情に埋め尽くされていた。 「なぁ先輩」  後ろから肩を抱きしめられた。背中に彼の心音が感じられるほど密着している。ということは自分の爆発しそうなほどうるさいこの心音も聞こえているのだろうか。 「俺、付き合うとかそういうの嫌なんだよね。気軽にやりたいんだよ。あんたさ、ホイホイうちにきて飯作るじゃん。そのついでにやらせてよ」 「え、な、なに……わかんないです、何言ってるんですか……」 「元々、結構好みだなーって思って飯作りに来てもらってたし」  彼はまた胸を撫でてその手が今度はベルトにかかり、ズボンの前を開かれる。中に手が入っていくのを見て、自分の息が荒くなっているのに気が付いた。自分のその荒い息が気持ち悪くて目を閉じて両手で口を塞ぐ。下着の上から誰にも触られたことのないそこに触れられ、必死で首を横に振った。 「今まで様子見てたけど、俺にちょっと気があるだろ?」  また首を横に振るが、背後から笑い声がして耳の後ろをくすぐった。 「立ってるじゃん」  確かに起立してしまっているそこを握られ、擦られる。感じたことない感覚が背中を駆け巡った。 「やだ、やめてください、怖い……」 「怖くねぇだろ? まだ尻の穴掘ろうってしてるわけじゃねぇよ」 「えっ、お尻って? なに、なんですか? もうやだ……やです」 「怖がりすぎだろ、めんどくせぇな」  舌打ちが聞こえ、肩をビクッと震わせてしまう。また失望させてしまった。でもこんなの期待に応えられるわけがない。  無理なのに、絶対無理なのに。彼は下着の前からとうとう性器を取り出してしまった。見ると透明な液体が尿道からぷっくりと溢れ、今にも零れそうだった。 「な、なんですか、これ……」  尿意も特にないので困惑する。もしかしてこれが、と思っていたら彼は男性器の根元を握り、先まで軽く絞りあげるように手を動かした。するとその液体がたらりと垂れる。尿のようにサラサラしていない、粘度のある液体だとわかり、顔がさらに熱くなって涙が滲んだ。 「え、や、せ、せ、精液……? うそ、え……?」 「なぁ」 「ひゃっ!」  耳元で声がして飛び跳ねてしまった。 「もしかしてオナニーしたことねぇの?」 「おっ……な、な、ないですよ……そんな汚いこと、できな……」 「夢精は?」  もう飛び交う単語だけでおかしくなりそうだった。またもぶんぶんと頭を横に振れば、まじかよと小さく呟く声がした。  それがどんな感情からの言葉かわからなくて怖くなった。この歳でおかしいと思われたのか、何かがっかりさせてしまったか。もうずっとパニック状態の頭で悪い方にばかり考えがいく。 「ご、ごめんなさい……俺、あの……」  とにかく気分を害してしまったのだろうと謝ってみたが、彼はため息をつくだけだった。 「これ、精液じゃねぇよ。先走りとか……ああ、カウパー液って言うかな?」 「え……違うんですか?」 「精液なら初めてでもさすがにもっと出るだろ」  違うと聞いて安心して力が抜けたと同時に、どっと疲れた。性的なことにまだ興味が持てないというか、少し抵抗すらある自分はまだ精通を迎えていなかった。彼の前で初めて出してしまったなんてことにならず良かった。  しかし安心したのも束の間、彼は男性器を握ったまま上下にゆっくりと扱きはじめた。むずむずとしたくすぐったい様な感覚がする。 「や、う……やだ、なんですか、なにするんですか……こわい、もうやめてください」 「俺なんかやる気になってきちゃった。可愛いじゃん、先輩。俺が色々教えてやるよ」 「や、やだ、やだ……きたないし、へんです、やめて……っ」  手の動きが早くなったり遅くなったりして、遅くなるともどかしくなって太ももがそわそわした。そしてまた早くなると、だんだん気持ちよくなってきてそれが余計に怖かった。 「あ、あ、あ、大鳥くん、やだ、なんか、なんか……!」  恥ずかしい。なんて声出してるんだろう。こんな気持ち悪い自分の声初めて聞いた。年下の子にこんなことされて、自分はなんにもわからないで。ただただ彼の手の動きに従うしかない。為す術もなく身を任せるしかない。まな板の上の鯉という単語が浮かび、自分が非常に情けなくなった。 「カウパー出てるってことは精液の準備もオッケーなんじゃねぇの? 初めてイクとこ俺に見せてみろよ」 「え、いくって……? やだっ、やめてください、やだ……!」  何を言ってるのかわかるけど理解はできず、焦って彼の腕を掴んで引き剥がそうとするが、全然力が入らない。逆にだんだんと快感に変わってきた感覚に耐えるために縋り付くように彼の手首を握ってしまう。  こんなに恥ずかしいのに気持ちよくなっちゃってる。今までエッチなことなんてわからず生きてきたのに、こんなことされてよく分からないままこんな声出して。なんだか自分が凄くやらしくていけないもののように感じて、でもそれが凄くドキドキした。俺って本当はこんなにエッチだったんだ。 「う、あっ……ん、あぁ……」 「お、色っぽい声出るな。気持ちいい? 気持ちいいときは気持ちいいって言わなきゃいけないんだぜー?」 「え、あっ……き、きもちいい、です……あっ」 「いいね、可愛い可愛い。ほら、ちんこ気持ちいいってもっと言えよ」  友人から下ネタすら避けられてたのに、こんな風にされて可愛いって言われてる。俺が気持ちいいところ可愛いって言われてる。どんどんどんどん高まってるのがわかる。たぶん、これがいきそうってことなんだ。どうしよう、出ちゃう。彼の手で、どうしよう。彼の手によって出されたいって思っちゃってる、どうしよう。 「きもちいい、あっ、おちんちん、きもちいい……へん、いっちゃ、う……っ? へん、へんっ」 「イケよ、俺に見られながら初イキしろ」 「ん、ふぅ、う、あっ、なんかでる、うううっ!」  怖くて彼の腕にしがみつき、ぎゅっと固く目を閉じてその時を迎えた。ピュッとおしっこが出る時と同じところから何か出たのだけ感じる。それがとても気持ちいい。ずっと全身に力が入っていたため、マリオネットの糸が切れたように一瞬でだらんと脱力してしまった。  肩で息をしながら男性器を見ると、彼の手に濁ったような、でも話に聞いてた様な白い色ではない液体がついていた。  ああ、本当にイッてしまった。  初めての性的興奮、体験が人の手によってされてしまった。なんてことだろう。冷静になってきてまた急に怖くなって涙が溢れた。感情が昂ってたせいでもあるかもしれない。 「なんだよ、泣くなよ」  後ろから頭を撫でてくる手もその声も優しくて少し安心してしまい、余計に涙が溢れた。彼の手を汚してしまったのにこんな恥ずかしいところを見られたのに、優しくしてくれるなんて嬉しくてたまらなかった。  ひっくひっくとしゃくりあげながら居てもたってもいられなくて体の向きをずらして彼に抱きつく。 「いや……いいんだけどさ。手、拭いていい?」 「あ、ご、ごめんなさ……」 「それとも舐めてみる? つか舐めて綺麗にして」 「えっ……」  むり、と言葉が出る寸前に、彼は俺の精液が付着した人差し指と中指を俺の口に突っ込んだ。人の指を口に入れられるなんて経験がまずないためびっくりして少し噛んでしまった。 「おいおい、噛むなよ。舐めろっつってんだろ」 「あ……っ、ふぁい……」  彼の手を汚した上に噛んでしまった罪悪感と急に低くなった声が怖くて、もう断るのは無理だと思って指を舐めた。へんなにおい。汚いしすごく嫌だった。それでも指を舐め、吸い、それが終わると親指も綺麗にした。 「これで、いいですか……?」 「ま、いっか。じゃあ俺の舐めてくんない?」 「えっ、舐めるって」 「フェラも知らねぇの? ちんこ舐めろってこと」  驚愕し、彼の言ってることを想像しただけで全身鳥肌が立った。ありえない、気持ち悪い。自分の男性器を見て、こんなもの口に入れるなんてと嫌悪感しかなかった。 「な、なんでそんなこと……! 変態じゃないですか」  否定の言葉を吐けば彼は顔を顰める。それが怖くてそれ以上言えなくなった。 「はぁ? 誰でもやってるし。姉ちゃんいるって言ってなかった? お前の姉ちゃんもやってるよ」 「な、なんでそんなこと言うんですか? やめてください、やだ……してないです、もうやめてください……」  確かに二人いる年の離れた姉はいつも付き合っている男性がいるけれど、そんなことしてるなんて考えたこともなかった。でもとっくに成人している彼女たちは言われてみればそういうことをしているのだ。でもだからって、そんなもの口に入れるなんてそんなの本当にみんながやってるなんて信じられない。 「じゃあお前、自分だけ出して終わりにするつもり?」 「あ、それは……」 「先輩が手で上手くできるわけねぇじゃん。口使うしかねぇんだよ。なんもわかんねぇんだから俺の言うこと聞いとけよ? なあ?」  だんだんと語気が強くなっていく口調が怖くて、ビクッと体を震わせてしまう。自分も男だと言うのに俺は、男性の怒った姿やドカドカとうるさい物音、乱暴な態度が苦手だった。きっと父親を早くに亡くして女性に囲まれて育ったせいだ。怖くて、それ以上なにか言われるのが嫌で、言うことを聞くしかないと思ってしまう。また涙を零しそうになりながらもそれを我慢して鼻を啜った。そして彼に頭を下げて懇願する。 「ご、ごめんなさい……やります、だから怒らないで……」 「わかったらベッドから下りて床に座れよ。ほら、俺の膝の間」 「はい……」  言う通りにすると顎をやや乱暴に掴まれて、ベッドに座る彼の方を向かされた。見下されてる。言いようのない感情が喉の奥からわいてくる。 「先輩やばいな。すっげぇいじめたくなる。口開けて舌出せよ」  彼が男性器を取り出す。自分のものよりだいぶ大きいそれを見て怖くてギュッと目を瞑れば我慢していた涙が零れた。言うこと聞いたら口に入れられてしまう。こんなもの口に刺されるの嫌だ。 「無理矢理突っ込まれるのと自分で舐めるのどっちがいい?」 「じ、じぶんで……」  消去法でそう答え、うっすらと瞼を開いてそれを確認する。しっかり立ち上がったそれをよく見ると、先程自分が出していたような液体が先端から少し出ていた。 「あ、あの、これ……」 「ん? さっき勉強したろ? 先輩が可愛いから俺、興奮してんの。先輩見て、立ってるってこと」 「え、あ……」  さっきまで怖かったのに、彼は優しい声でそんなことを語った。怒ってると思ったのに、俺のこんな情けない姿を見ておちんちんが立っているのか。それってどうしてなんだろう。 「舐めろって」  彼の長い足先が俺の股間にちょんと触れる。すると萎んでいたはずのそこはまた立ち上がっていた。恥ずかしくて前を隠すが、笑われた。  馬鹿にされてるみたいでちょっと嫌だった。そしてここを舐めれば彼もさっきの自分みたいに気持ちよくて情けなくなるのかと思った。それを見たくて、舌を出して先っぽから出ているカウパー液を舐めとる。ちょっとしょっぱいが、思っていたより臭いはなく、ぺろぺろと舐め始めた。 「お……急に積極的だな。先っぽだけじゃなくて、その下のとことかも舐めて」  まずは抵抗感のないつるつるした先のところを中心に舐める。感触がなんだか楽しい……そしてたまにしょっぱいのが出る。そのしょっぱいのが美味しく感じて一生懸命舐めた。  何となく慣れてきている自分を感じて、言われた通りにその下の、ちょっとしわしわした場所を舐める。するとしょっぱいのがもっと濃くなったような味と臭いがして、何だかたまらない気持ちになって大きくため息を漏らしてしまった。もっとほしくて、先っぽからその部分まで口に含んでちゅうちゅう吸った。  どうしよう、おいしい。これ好き。おちんちん舐めるの好き。やだ、これでは変態になってしまう。こんなことしてるだけで驚きなのに、癖になってしまったらどうしよう。 「歯が当たらないように気をつけながらもっと奥まで咥えて」  上目遣いに彼を見れば、いつもの鋭さを失った瞳が俺を見て目を細めた。力のない瞳をしているのに、口元も少しだらしないくらいなのに色っぽい。もっと彼の顔が見たくて、視線を合わせたまま男性器を口の奥のほうまで沈めていく。ん、と声を漏らし目を瞑る様に心臓が高鳴った。 「いいよ、上手い。そのまま舌も動かして、さっき俺が手でしたみたいに上下に口動かして」  歯が当たらないように気をつけながらゆっくりゆっくり頭を上下に動かす。どうしたらいいか分からないけれど根元までした方が気持ちいいかと奥まで入れると、ちょっと苦しくてさっきとは違う涙が出た。  ついさっきまであんなに嫌だったのに彼に気持ちよくなって欲しくて無我夢中で舐めて咥える。  「あんなに嫌がってたのにすげぇうまそうに舐めるのな。ちんこ美味くなってきた?」  自分がこんな変態だったなんてバレたくないと思うのに、おちんちん美味しくなってきたという言葉のいやらしさに熱くなってしまい、素直に頷いた。頷きながらもちゅうちゅう先っぽを吸う。 「気持ちいいけどちょっと足りねぇな。そのまま先っぽ舐めながら扱ける? ほら、俺がさっき先輩にやったろ?」  一度口を離すと吸い付いてたせいでちゅぽん、と口から鳴って恥ずかしかった。そして右手で男性器を握り、さっき彼にしてもらったのを思い出しながら上下に動かす。 「こう……ですか?」 「うん、うまいじゃん。飲み込み早いな、えらいえらい」  微笑んで頭を撫でられて嬉しくなった。勉強のことや、学校での活動、それから家の手伝いなどで褒められることはよくある。けれどその行いによって褒められているよりも、自分自身を褒められているような気がした。 「じゃあ扱きながら舐めて。イク時言うからそのまま飲んで。さっき自分の舐めたし平気だろ?」  カウパー液が美味しいので彼の精液はもっと美味しいんじゃないかと期待し、下半身を熱くしながら頷いた。  扱いてる手はそのままに、先っぽのつるてるの部分をぱくりと口の中に入れる。すると気が付かなかったが、さっきよりたくさんぬるぬるが出ていて、自分がなにかされてるわけじゃないのになぜだか頭の中がとても気持ちよくなった。おちんちん舐めてると自分がしてもらった時よりもおかしくなりそう。  しゃぶっていると口内がどんどん涎に充ちていきじゅるじゅると音が鳴ってしまい、恥ずかしくて一度口を離して飲み込むがまたどんどん涎が出てきて困っていると、音立てていいよと余裕のない声が降ってきた。その声を聞いたら頭の後ろからぞくぞくときて、涎の出るまま、じゅる、じゅばっと音を漏らし舐めて吸った。  すると頭上からはぁっと一際大きな溜め息が聞こえ、んん、と続けて唸る声がする。 「あー……いい、気持ちいいよ。んー、イきそう……」  あ、どうしよう精液くる。口の中に精液出される。どうしよう。 「ん、いく……もう出すよ、ほら、飲んで……」  そんなことしなくても逃げないのに、イク瞬間に両側から頭を押さえつけられ喉の奥までぐっとおちんちんをいれられ、彼は口の中に精液を放出した。  もっと舌の真ん中で出してほしかった。さっき舐めた自分のものとは違う、強い濃いカルキ臭がして、でも喉に出されたために味わうことなく喉に絡みついて残念に思う。少し舌の奥に残ったものを滑らせて味わうだけでたまらないので、あまりにもったいない。  性器を口からずるりと抜かれると、先の方に白濁した液体がすこし付着していた。 「あ、あ……せいえき……」  拭かれてしまう前にと急いで先に口付けてちゅうちゅう吸った。尿道に少し残るのか、口の中においしいのが広がった身体がとろける。 「せいえき、せいえきおいしいです……もっと出るんですか? もっと舐めたいです」 「いやいや、ちょっと待てって、たんま!」  返事も待たずにまた先っぽを口に含んだら、ずいっと肩を押されて剥がされた。 「さっき精通したんだよ、あんた。エロすぎるだろ。つかちょっと待って今はやめろって」  珍しく焦る彼を見上げながら、自分がとんでもないことをしたことに気がついて顔から火が出そうになった。ボン! ときっと湯気くらい出たと思う。 「あ、おれ、や……違うんです、違うんです」 「違くねぇじゃん大人の階段五段飛ばしで駆け上がってんじゃん。ウケる」 「や、やめてくださいっ! 面白くないです!」  しかし彼の言う通りだ。ほんの二時間足らずのできごとだろう。つい数時間前の自分は彼とこんなことになって、しかも自分のいけない部分を知ることになるなんて思いもしなかったのだ。  こんなこと知ってしまって自分はこれからどうなってしまうのだろう。また怖くなってきて、戸惑いに涙が出た。もうその数時間前の自分には、友人にすら性的なことを遮断されていた何も知らない自分には戻れないのだ。 「だから泣くなっての」  彼がズボンを直してベッドから滑り降りて一緒に床に座り、肩を引き寄せて抱きしめてくれた。どうしていいかわからないながらも、おずおずとその広い背中に自分も手を回す。 「そんなに嫌じゃなかったろ」 「でも……こんなこと、してしまって。怖いです。俺、どうなっちゃうんですか? 怖いです……」 「どうなるって……」  優しい声音だった彼の、空気がなにか変わるのがわかった。抱きしめられた耳元で低く笑う声が聞こえる。 「さっき言っただろ? うち来て飯作ってセックスしようぜ。先輩もっとエロい事したいだろ?」 「あ、えっと……」 「素直にならないと気持ちよくなれないからな? なぁ、したい?」  彼に囁かれてぞくぞくと身震いさせながら、もう知ってしまった自分は後には戻れないと悟った。もっとエッチなことしたい。気持ちいいこと教えてほしい。  背中を抱く手をきゅうっと強くして、彼の肩に顔を埋めて、小さく小さく頷いた。 「よし、決まり」  身体を離して、彼は歯を見せて元気いい笑顔を見せた。そして立ち上がって廊下へと向かうために背を向ける。 「やっぱ腹減ったなー、なんかできたもん買いに行くかぁ」 「大鳥くん、あの……」  俺たちの関係はなんなのでしょう、と問いたかった。これはどういうものなのでしょう、恋人なのでしょうか、貴方は俺をどう思っているのですか、と。  しかし問う前に彼は答えを全部言ってしまった。 「ああ、隼人でいいよ。めでたくセフレになったことだし。俺先輩の名前覚えてねぇや、なんだっけ。下の名前」 「せふれ……?」 「セックスフレンドってやつ。いいだろ、さっぱりしてて。な、それより名前」 「いずも、です」 「よし、覚えとくわ」  名前すら認識されてなかったんだ。あんなにちょっかいかけて、家に呼んでくれたのに。ショックだったが、それを彼に見せてはいけないと思った。  俺は顔立ちのせいかいつもニコニコしているね、と言われる。だからこの時も笑った。これからずっと何を言われてもどんな思いをしても笑って彼と対面していくなんて、まだわからずに。              END

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