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軟禁生活はじめました④
他のページも捲ってみたが、先生の姿はあまりなかった。とにかく背が高いので背景にいるとすぐに分かるのだが正面を向いているものがない。
もう一度クラスのページに戻り個人写真を見つめる。
「先生の髪型はずっとそれなんですか?」
「そう」
アルバムの先生はそのまま今と同じ髪型をしている。もう十年以上前のものなのに。
「短くしたりされないんですか?」
「適当に切ってるから……いつも同じになる」
「なるほど。美容院には行かれてないのですね」
先生の髪の毛を撫でる。髪質もいいし直毛なので扱いやすそうだ。俺は放っておいたらどうなるかな。今まで髪の心配などしたことなかったな。
言われて見ると高校生の先生は今より毛先がパツッと揃ってしまっているような。先生ちゃんと散髪上手になってる。
「それなら俺も先生に切ってもらおうかな……あ、先生! お付き合いされてる方はいなかったんですか?」
うちの高校は成績至上主義なので校則はゆるい。今も派手な生徒が多いが、時代なのだろうか今よりも金髪とかギャルっぽい生徒さんが多い感じだ。しかしお化粧は濃いけれど綺麗な顔立ちの人が多い。
「いない」
「好きな人とか……」
「いない」
全くその話題には興味がないという感じで先生はもたれかかっていた上半身を起こして、俺の髪を指で梳く。後ろ髪をあげて刈り上げている部分に触れながら首を傾げた。
「できるかなぁ」
「別にこのまんまじゃなくていいですよ。それより今までお付き合いされてる方が全くいなかったわけじゃないでしょう? 大学時代とか……」
「うん?」
さっきは断言したのに曖昧な返事をするだけで、俺の髪をいじっていたと思えばスマホを出して後頭部やら側頭部やら頭周りをあちこち写真に撮り始めている。この髪型をいきなり再現するのは難しいと思うのだが。
というか怪しい。大学時代にはいたのかな、恋人。
「女性の方と付き合っていたんですか?」
「んん?」
「もう、先生……」
「しつこい」
ぼそりとそれだけ言うと、スマホはテーブルに置いて代わりにタバコと灰皿に手を伸ばす。
タバコに火を点ける横顔を眺めながら、俺もアルバムはテーブルに置いてソファの上に足を乗せて膝を抱えた。
「だって先生……俺と違ってゲイじゃないでしょう」
おっぱい好きだしフェラしてくれないし、と喉まで出かかったが今はそんなことが言いたい訳では無いので言葉を飲み込んだ。
風俗だって当然女性に接客していただいていたようだし、思うところはある。黙っていれば素敵だし、お仕事も収入もしっかりしているし、もしかしておモテになるのでは。お付き合いして長続きするかはちょっと難しいかもしれないけれど。
好かれている自信はもちろんあるのだが、女性の体の方がやっぱり好きなのだろうか。入れてくれない原因の一つかも。
「君にしか興味ないから、わからない」
「けれど夜のお店は行かれてたじゃないですか。ていうか今は行かれてないですよね?! 女の人としてるから俺に入れてくれないんじゃ……」
ハッとして慌てて聞いたら、先生はタバコの煙を吐き出しながら小さく頷いた。
「ああ……それで、僕が風俗行ってたこと。たまに、言ってきたの? 今は、行ってないよ。いずもでじゅうぶん」
「俺の方がいいですか?」
「当たり前でしょ」
「はい……」
体育座りのまま顔を半分膝に埋めてさらに小さくなっていたら、先生がその隙間に手を入れて顎の下を擽ってくる。
「納得してないね?」
「だって、俺よりずっと先生は大人の方ですし……今までお付き合いされた方いるんでしょう? 俺だけって言ってくれますけど、実際そんなわけないって思うところもあるんです」
面倒くさいことを言っているなと自分で思ってしまった。絶対に絶対に、これ以上ないほど好かれているのはわかっているのに。
それでも安心する材料に取りこぼしがあると揺れてしまう。セフレという立場の時には許されなかった悩みだ。好かれていればそれはそれで別のモヤモヤを抱えてしまうのだな。
「やきもち?」
「違います」
「可愛い」
縮こまってる俺の身体をタバコ片手にまるごと先生は抱きしめた。灰が落ちてしまいそうで危なかっしい。
「でも……妬かれるほどのこと、本当にない。やきもち可愛いのに、残念。恋愛だけじゃなくて……僕にはなんにも、ない」
「なんにも? そんなことないでしょう」
「なんにも……ないよ?」
誤魔化されてるのかと思ったけれど、話していたら本気で言っているような気がしてきた。
あの本の一文を思い出す。
他にも付箋がたくさんしてあった、あの本。色々な本があったが、あれは特定疾患に対する内容だった。
「先生、あの……どうして精神疾患の医学書があんなにあるんですか」
膝に埋めてた顔を上げ、先生を見据えて聞けば、少し驚いたようなお顔を見せてくれた。そしてふっと目を細めて微笑む。
「精神科医に、なろうと思ってた」
「医師を目指してらしたんですか? それはおかしいです。うちの大学は医学部があります。なぜわざわざ内部進学せずに外部の教育学部に?」
「この高校で働くように、言われたから。保健室に籠るのは、しょうに合ってるし。よかったけど」
「誰に言われたんですか……それに、なぜ精神科医になろうと……」
先生のことで疑問に思っていることはたくさんあった。しかし俺が話しに食いつけば食いつくほど、俺を見ていたはずの先生はどこか遠くを見るような目に変化していく。
それに気がついて口を閉ざしたが、じっとその目を見つめるのはやめなかった。
「好奇心旺盛……だね」
先生は微笑む。でも目は遠くを見たまま。
おいでと言われ、キッチンに寄ってワインとグラスを取り出してからあの物置部屋へと連れていかれた。
物が乱雑に積まれたデスクの隅にワイングラスを置き、綺麗な赤い液体がボトルからグラスへと注がれていく。先生はそれを飲んでから紙に埋もれていたサインペンを手に持って、本棚のガラス戸を開けた。
「僕は……自分は、普通の人とは違うかもと……思った。高校ぐらいの時、かな」
そのうちあの付箋がたくさんついた本を手に取って、パラパラと捲っていく。しかし付箋のされたページを開いてはサインペンでマーカーの引かれたところや、何かメモ書きをした箇所に線を引いて塗りつぶしていく。
「だから、精神科医になれば、自分のことがわかるかもって……思った。けれど、ならなかったから。独学で自分に当てはまるものを調べた」
「病院に行こうとは……」
「自分について、上手く話せる気が……しなかった」
先生は全て塗りつぶし終えたのかその本を床にポイッと放り投げた。そしてまた次の本を取り出して同じことを繰り返す。
「僕は……人に興味がない。僕の世界は僕だけで、完結してる。だから高校になるまで、自分が変わっていることも、気が付かなかった。何を言われてもどうでもよかったから。けれど不便さを少し感じて、相手の感情を読み取れるように心理学も勉強した。自分のことも他人のことも、何かあったら記録して分析するようにしてる」
いつもより随分とよく口の回る先生はその本も放り投げて、今度は一気に数冊掴んで引き抜き、バラバラと本は床に落ちていった。
「それで自分のことが理解できていた。人とも最低限関われるようになった。勉強して、観察して、記録して、分析して……それが、対処療法になってた」
まだバラバラと落ちる。本棚が空っぽになってしまう勢いで、片手だったのが両手を使って、先生は本を落としていく。
今度はまた散らかったデスクへ行き、ワインを飲み干す。そしてデスクに積まれた書類のようなものを片腕でざっと全て滑り落とした。
大量のA4用紙が舞う。
見てみればそれこそが今先生が話していた記録だった。
人の表情の動かし方、目線、手振り身振り。それによる感情の表し方、変化。
普段自分が何も考えずに相手に見せて、自分も受け取り感じ取るもの。
それが何パターンにも細分化されて記録されている。
また他の用紙に目をやれば、他人や自分の言動について、それによってどう受け取るか、どのような反応を示し、示されるものか、記載されている。
日記のようなものもあった。気が遠くなるような情報量だ。
でもその内容は一般的な人ならば当たり前のように読み取って察し、行動できることだった。こんなに深く考えたこともない。生きて人とのコミュニケーションをとっていくことで自然と身につくもの。
俺は本や用紙の散らばった床に座り込んだ。
そして本を手に取り、塗りつぶされた箇所を見ていたら涙が出そうになって、でも泣いていいのかわからなくて堪えた。
「先生……? どうして塗りつぶしてしまったんですか……自分のこと、先生はちゃんと自分でわかろうとして、見つけたんでしょう?」
「うん……そう、思ってた」
先生が近づいてきて俺から本を奪う。そしてページを捲りながら、指で文字をなぞった。
「でも、違う。もう、違う。間違えてた」
「どうして……」
「君に出会ってからの僕は、全部これに当てはまらない……!」
先生の語気が強くなる。こんな先生の声は初めて聞いた。怒っているような、悲しいような、震えていて、いつもより声も張っていて。
先生は苛立ったようにそのページをぐしゃりと握り、そのまま破って捨ててしまった。
かける言葉もなくただ見上げる俺を睨みつけ、散らかった床に押し倒す。
俺を見下ろす先生の顔は、とても、とても苦しそうで。
「なんにも、わからなくなった」
頭上にある床に押し付けられた先生の拳が震えているのが伝わってくる。
先生、今までずっとこんなに努力されてきたんだ。面倒臭いとか、嫌だとか、そんなことばっかり言っていたけれど、これでは当然だ。人と関わるだけで疲れてしまう。
しかもその努力すら、俺に崩されてしまって。
頬に手を伸ばすと、先生は瞼を下ろして俺の手の平に擦り寄った。
「良い方向に変わっているのかもしれませんよ……さっきだって、怒ってると教えてくださったじゃありませんか」
「でも……僕は君に……酷いことしてる。これは、犯罪だ。でも僕は君を離したくない。感情の表し方は……勉強した。でも抑え方は、わからない。君が欲しくて我慢できない」
床を背にその大きな身体にぎゅっと抱きしめられると、まるで捕獲器にでも捕らえられたような気分になった。逃げられない。でも逃げる気もない。
変な人って思ってたけど、違う。
可愛い人。とっても可愛い人。
嫉妬なんかして、不安になんかなって謝罪しなければ。
本当にこの人は自分以外には何にもなかったんだ。俺に会うまで。
今は、俺でいっぱい。
どうしてだろう、なんで俺なんだろう。でもとても嬉しい。愛しい。ずっとそうであってほしい。
俺をこの部屋に閉じ込めていいから、先生の感情は俺の中に閉じ込めておきたい。
「君に、会いたくなかった」
「それは酷いです」
「ごめんね」
頭部に唇があたる。
腕も丸ごと抱きしめられているため全然動けないけれど、もぞもぞと手を動かしてなんとか手を出して、先生の背中に腕を回した。
「先生よく頑張りましたね。すごい努力です。自分で対処療法見つけるなんてなかなかできませんよ。俺以外の人とならそれでこれからもコミュニケーションとれるでしょう?」
「たぶん? わからない」
「大丈夫ですよ」
先生の腕の力が少し弱まって、身体を浮かせて俺を見下ろす。先生の頭を撫でてあげて、後頭部を寄せてキスをした。少し触れるだけのキスを。
「出雲……君は、僕が嫌にならないんだね」
「なってません。興奮しちゃいました。先生、もう今日はとことんだらしなくなってもいいですか? 先生、俺いい子でここにいるのでご褒美ください。いえ、先生にも今まで頑張ったご褒美です」
真面目に話してくれたのにごめんなさいと思いながら、興奮が抑えきれない。先生がほしい。
それこそ引かれてしまうかもと思ったが、立ってくださいとお願いしたら先生は立ち上がった。俺も起き上がって、先生の前に立膝になる。
布越しに触れたら、きっと性的じゃないにしろ興奮状態にあった身体はすっかり元気になっていた。まずはズボン越しに撫で回して、足りなくなったらズボンと下着を下ろしてしまった。
目の前の男性器を見てため息が漏れる。すごい、本当にこのおちんちん大好き。心ん中まで快楽に等しい喜びを感じている今こんなの入れたらもう、大変なことになっちゃう。
カリの下に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと蒸れた濃厚なやらしい香りがした。さっき俺だけイッて先生はそのままだったものな。でもこれがたまらなく好き。
「お口にください。先生大好き、いっぱいください。感情抑えなくていいから、俺のこと沢山可愛がって?」
口を開けて舌を出し、おねだりすれば先生はまだ我慢するように顔を顰める。
「先生、理性いらないです。捨てちゃってください。全部俺にぶつけてください。ね? 先生」
先生の顔見てるだけで感じてくる。アドレナリンがガンガン出てる。
挿入前からやばいなって思っていたら、先生が俺の頭を掴んでいきなりそんな大きいのを喉の奥、もうのどちんこも過ぎて食道の入口まで差し込んだ。
「おッ……お、ご……」
さすがにいきなり根元までくるとは思ってなかったので、喉から変な音が出てしまった。吐き気は感じにくくなるように練習したから滅多にないけど、先生が痛いといけないので位置を整える。しかし整える前に先生は腰を動かし始めてしまって、先生も乗り気なことに喜びを感じる。
あ、あ、喉に引っかかる……先生の下反りのおちんちん、がしがし喉に引っ掛けてきてやばい。
こんなの後ろからお尻に入れられたらずっと前立腺ガリガリされちゃう。早く、早くセックスしたいのに。
「ん、んぐっ……あっ……」
先生のおちんちんが抜けていくと、口からもおちんちんからも涎がだらだらと垂れて床……いや、先生が今まで作成してきた記録を汚した。
あ、と思ったけど、もういいですよね。もう先生たくさん頑張ったから、いらないです。
「わざと、なの?」
息を整える俺の顎を掴み、先生は上に向かせた。視界が涙で歪んでる。瞬きしたら自然と涙が流れ落ちた。喉姦するとどうしても涙が流れてしまう。
「僕のこと……もっと駄目にする。君が。わざと?」
ちょっと怒ったような顔をする先生に俺は微笑みかけた。
「わざとです」
そう返して舌を出せば、興奮したような怒りに任せたような勢いで男性器がズルズルと口内を擦りながら挿入される。今度はわかっていたのでしっかり顔を上にあげて喉を真っ直ぐに伸ばせた。
最初にした時よりも無遠慮な腰使いでお口の中をずぽずぽとおちんちんが出入りしていき、強く掴まれた頭も痛いくらいで、息ができなくて苦しいのもなんだか気持ちよくなってきて、気を失いそうだった。
ヨダレどころか鼻水でちゃってる、もうやだ汚いな。というか息苦しくてほんと死んじゃいそう。潮吹きもだけど死んじゃいそうなのってなんで気持ちいいのだろう?
「いずもっ、いずもっ……出すよ? 出すから……君の身体のなか、流し込むからっ……」
ああ、こんなに苦しいのに絶対もうイクまで抜いてくれない。
あ、喉から舌の根っこに当たってるの気持ちいい。喉の上はカリが当たって、気持ちいい。え、え、やばい、ふわふわする。なんにも触ってないのに。
ガンガン腰を振られ、最後にぐっと限界まで強く押し込まれ先生のおちんちんがビュクビュクと震えるのが口の中に伝わった。
それを感じて俺の頭も真っ白に飛んで……ぷつん、と意識が途切れた。
身体が揺さぶられてるのを感じて目が覚める。ブラックアウト? 初体験だ。
さっきまでの興奮状態が嘘みたいに冷静な頭で、この揺れ方は起こされてる感じじゃないなと思った。
そしたら案の定、先生は仰向けに寝かせた俺の太ももを閉じた状態で持ち上げ、そこに男性器を挟んで腰を振っていた。
ここまできてまだ入れないんだ、と残念を通り越して可愛くて仕方なく思えてくる。少し視線を巡らすと、さっき汚した辺りに精液がこぼれていて、それで自分は少し冷静なのかな、と納得した。
俺の下にある先生の努力の結晶も汗とかいろいろな体液でたぶん全部だめだ。
ぜんぶ、俺が駄目にしちゃった。
先生と行為を始めたころ、せんぶ先生のせいだと思ってたのに。
ぜんぶ俺のせいになっちゃった。
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