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甘い監禁生活になりません⑥

 ちょっと強がりで泣かないなんて言ったけれど、先生の身体が完全に俺の上に被さっていて重くて違う意味で泣きそうだった。先生痩せてらっしゃるとはいえさすがに重い。骨もゴツゴツで痛い。いつもは体重かけないように気を使って下さっているのだろうな。 「先生っ……本当に重いです。どいてくださいっ」 「うんー? 重いの? 出雲ちっちゃいもんねぇー?」 「ちっちゃくないって何度言ったらわかるんですか、ほらどいて」  肩を掴んで押そうとしたら、その前に先生の体がごろんと床に転がった。  こんな玄関先で二人で床に向かい合って転がって、変な状況。先生まだ靴履いたままですし。起き上がって脱がせようかと思ったのに先生は腕を引いてそれを阻止し、こんなところでそのまま俺の背を抱く。 「出雲、ほら見て? この間、君が選んでくれて買った服。かっこいい?」 「あっ……この間の届いてたんですね。やっぱりシャツ似合うじゃないですか。いつもTシャツじゃ勿体ないですよ」 「んんー……でも首周りがうざったい……出雲、少しボタン外して……」 「しょうがないですね」  寝転んだままコートをもぞもぞと脱いで甘えてくる先生のシャツのボタンに手をかける。  白衣と合わせるならと思って選んだ、濃紺で襟の小さめなシャツ。そのタイトな作りは、先生の細身だけれどがっしりとした骨組みを綺麗に見せてくれている。この上に白衣を着て校内を歩く姿を見てみたいな。 「パンツの丈も合ってますね。良かった。先生の脚、二メートルくらいありそうなのでダメかと思いましたが」 「君ね……僕、身長ですら二メートルもないからね?」 「えぇ、そうなんですか? ふふ……そうですよね」  ボタンを外していくと濃紺の中から少しずつ白い肌が晒されていく。視線を上げると、ほんのり赤い顔をした先生がいつもの無遠慮な視線をこちらに向けている。床に流れる乱れた黒髪がなんだか色っぽくて恥ずかしくなり、また視線を戻せばシャツの隙間から鎖骨とやや張ってる胸筋が見えて目のやり場に困ってしまった。 「先生、そろそろ起き上がって部屋に入りましょう」 「運んでくれる……?」 「できませんってば」 「じゃあ、まだ無理。いずもー、抱っこはいいから頭撫でて。このへん」  撫でる場所は指定するものではないだろうと思いながらも、つむじの少し後ろを指さす先生が可愛かったので黙って撫でてあげた。んーっと唸りながら胸に抱きついてきてぐりぐり顔を擦りつけてくるので、子供みたいで微笑ましくなってしまう。 「あー可愛いぃ……可愛いなぁ、なんでそんなに可愛いの。出雲可愛いぃ。お嫁さんになって。僕のお嫁さん」  お酒を飲んでヘラヘラとしていることはあってもこんなに酔っ払っているのは初めてだった。口振りは寧ろ普段よりしっかりしてるのだが、声は大きいしよく喋るし普段とのギャップが凄まじい。  ふと上を見たら下駄箱の上にコンビニのレジ袋と飲みかけだと思われるアルコール度数の高いロング缶のチューハイが置いてあった。朝までお店で飲んでいただろうにまだ飲むのか。本当にどうしようもない人。ため息混じり苦笑しながら、酔っぱらいの戯言に呆れた声で返事をした。 「なに馬鹿なことを言ってるんですか。なれる訳ないでしょう」 「馬鹿じゃない……馬鹿じゃない、真剣だよ?」  そんな赤い顔で言われてもなぁ、と思っていたらそれが伝わったのか先生はムッとした顔をして、でもすぐに眉も目尻も下げてへなへなになってしまった。口をへの字に曲げて俺の顎のラインを指先で優しくなぞる。 「君まだ誕生日もきてないんだって? 僕といくつ違うの。十三? 十四? あーあ、僕は本当に悪い大人だな。なんで君はそんなに若いの? あー監禁してセックスして……もし君の家族に訴えられたら君と一緒にいられないよ? でもめちゃくちゃ気持ちよかったな君の中。ムラムラしてきた。じゃなくて、離れるのやだ……ぜー……ったい、やだ……今すぐ成人して」 「せ、先生、そんなに早く話せるんですね」  怒涛のお喋りに気圧されてどうでもいい返事をしてしまったら、また先生は眉根を寄せて目を細め睨みつけてきた。普段あんなにゆっくり静かに話す人がいきなり早口で捲し立ててくるんだから驚くに決まっているじゃないか。しかも内容もなかなか酷いし。  それにそんな顔をされたってじゃあ成人しますとできるわけではないのだ。先生が捕まってしまうのは嫌だけれど、いきなり大人にはなれない。  返事に困っていたら先生がまた甘えて胸に抱きついて……きたのかと思ったら、Tシャツをたくし上げてそんなつもり一切なかった乳首に吸い付いてきた。あまりにムードも何もない突然のことで感じるよりも驚きで身体が跳ねる。 「ちょっ……なんですかこんなとこで!」 「んー?」  くるっと俺の身体を仰向きに返しながら覆い被さってきて、舌先を大きく往復させてべろべろと舐め転がされる。そこまでされたらさすがに声が出そうになって、でもこの状況で流されるのも嫌で口を固く結んで我慢した。 「本当にお嫁さんにしたいって思ってるんだよ?」 「何言って……ンッ、やだ……」 「君が二十歳になったらね? 籍入れよ? 書類上は僕の子供になっちゃうけどね。パパって呼んでもいいよ? そしたら君は本当に僕のものだし、お金も残してあげられるし、ね? だから早く成人して」 「し、知りません、いきなりそんなこと言われても……っ」 「嫌なの?」  スッと声が低くなる。重力を持って耳の奥底に響き、身震いした。  嫌とかそんな話ではなくて、甘やかされて突き放されて訳が分からなくなってる。もう先生の好きなようにしてくれたらいいと思っている反面、ずっとこの人の感情の浮き沈みに付き合わされるのはうんざりだと思っている。  先生とずっと一緒にいたいし、どうしてもというなら酷いことして縛り付けてもいい。いっそ先生の言う通り壊してくれて構わない。  でも意気地無しな先生は手放そうとしたり突き放したりしてくるから嫌だ。今はこんな風に言っててもきっとまた突き放されるんだ。でも結局手放すこともできないんだ。  なんで素直に先生の中に閉じ込めてくれないのですか。 「ん……、先生、あっ……こんなとこで舐めないで……先生やだ……」  ちゅぅっと乳輪に吸い付きながらお口の中でねっとりと乳首を舐め回されて、気持ち良くて仕方なくなってくる。触られてないのに腰が浮いて後ろがむずむずする。  おっぱいとかお尻ばっかりされてまた我慢汁いっぱい垂れてきてしまう。全然立たなくなってるのにたくさん濡れてしまって情けなくてもうやだ。でも嫌なのにそんな自分に興奮して、すぐに欲しくなる。 「嫌でも別に……いいよ。いい。どうせ君、気持ちよくしてあげたら言うこと聞くしね」 「ひどいっ……なんでそんなこと言うんですか?」  考えが読まれたかのようなバカにした言葉に、図星だからこそ傷ついた。先生はなんだがんだ言って俺の事を見下してる。俺が素敵だなんて嘘だ。可愛い可愛いってハムスターと比較するし、ペットだとでも思われてるんだ。俺は先生のペットになってしまうのかな。 「ひどいって……本当のことだよね。今も嫌って言いながら腰振ってる」 「だって先生が……あっ、舐めるからぁっ……もう、やめてくださいっ!」  身体が求めてる、でも今はそんなの嫌で、勢いに任せて思い切り先生の下っ腹を蹴りあげた。先生は蹴られる前に気がついたようで、寸前で身を引き蹴りが入った感覚は浅かった。しかしそれでも先生の身体は離れ、その場で膝立ちになって腹部を抑え俯いていた。  先生が情緒不安定なんだか酔っ払ってるんだか知らないが、それならこっちだって心の中は大荒れだ。  俺を子供だと思っている癖にどうしてそんなに甘えきっているんだ。ダメな大人、本当にダメな男。貴方みたいな人とずっと一緒にいたいって、自分が犠牲になったっていいって思ってる俺の気持ちをもっとちゃんと考えてほしい。人の気持ちについてあんなに考察を繰り返してきたのでしょう。 「痛いな……何するの」 「先生、俺……次の登校日に家に帰ります。実は姉にもそう連絡しました」 「は?」  下を向いて腹部をさすっていた先生が顔を上げる。いつものぽーっとした無表情とは違う、無表情ではあるけれど内部に力の込められた気迫を感じられ、思わず目を逸らした。 「だって先生、帰ってこないから……人のこと好き勝手振り回すから……とりあえず、家に帰ります。冷静になりましょう。ずっとこんなの嫌でしょう」 「ふぅん? それで?」 「もしかしたら、こんな生活続けなくても普通にお付き合いできるかもしれませんし……できなければ、卒業してからでも俺の誕生日がきてからでも、またこの暮らしに……」 「この暮らしに? この暮らしに何? 戻れるの?」  先生が口を開く度に言いようのない暴力を受けている様な気分になり、恐ろしくて身体がビクついた。  でもこれは先生を待っている間に決めたこと。先生がちゃんと帰ってきたらこうしようと決めていた。でも姉に連絡を入れたというのは嘘だ。発信履歴から嘘がバレないように電話をしたが、いつもの元気だという報告だけ。  これは賭けだった。  予想される展開は二つ。俺はどちらに転んだっていい。  理解して家に帰らせてもらえるなら、一度離れて冷静にお互いを見つめ直せる。ずるずると続くお互いが辛い日々をリセットしてしまいたい。それから関係を作り直すのも、改めてこの生活をやり直すのもいい。  でもその流れになる可能性は限りなく低いのは分かっていた。  一緒にお出かけに行きたいと言っただけであんなに怒られたのだ。もう二度と外に出ないと言ったのに約束を破ったと思われるのは当然であり、元より信用のない俺はますます先生からの信用を失う。きっと先生はわかってくれない。先生はなんにも分かってくれない。 「戻ります……先生と一緒にいたい気持ちは変わりません」  一緒にいたいけれど、先生ずっと苦しそうだから。でも俺のために苦しんでる先生も好き。  もういっそ、その怒りや苦しみを全部いただきたい。俺がどうにかなってしまうくらい、全部いただきたい。  先生から離れる悪い子の俺を心置きなく好きなだけ、痛めつけて壊してしまえばいい。  中途半端に上がり下がりするこの状況に腹が立つ。甘い生活と苦しい生活の繰り返しはもうおしまい。  まともなハッピーエンドを迎えましょう。  それができないなら海の底まででも地の底まででも一緒に落ちてしまいましょう。  見下ろされている気配を感じながら顔を横に背け先生の次の言葉を待つが、物凄く時間が経つのが遅く感じた。心臓がバクバクしてそれに耐えるのが苦しい。  きっと実際の時間にして数秒で先生は普段のものに近い、静かな声を発した。 「次の登校日……いつだっけ」 「水曜日、です」 「そう……」  先生が立ち上がり、未だ履きっぱなしだった靴を脱いで下駄箱の上のお酒を煽る。そしてお酒が他にもまだたくさん入った袋をとり、起き上がれないでいる俺の腕を掴んで無理やり引っ張って立ち上がらせた。 「痛っ……そんなに引っ張らないでください!」  強く掴んだ腕を引っ張りながら寝室に向かっているのがわかり、恐怖で声が震える。それでも必死で訴えるが先生が振り向くことはなく、寝室に入ると投げるようにベッドへ身体を放られ尻もちをついた。 「君さぁ……なんで僕がいないうちに帰らなかったの? 何を期待したの。馬鹿だな。本当に馬鹿だね……」  先生の声を聞きながらやっぱりこのルートか、と少しばかり落胆した。でもいい。これで先生は俺を手放そうとしなくなる。 「いいよ? 帰りな? でもそれまではここにちゃんといようね」  わかっていた展開なのに先生に詰め寄られ、後ろに着いたシーツを握る手が震えた。 「土曜、日曜、月曜、火曜か……出雲は僕と違って強い子だから大丈夫だね」  指折り数えながら笑って近づいてくる。ベッドに膝をついて、座る俺ににじり寄ってくる。  先生はいつものように頬へ手を伸ばしたのに、その手は頬に触れずに下に降りていき、Tシャツの裾から中へ入ってくる。太ももを這う手を感じながら目の前が滲んでいくのを堪えた。 「せんせい……先生、大好き。大好きです」  どうかこの献身が無駄になりませんように。全て残さず召し上がっていただけますように。       

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