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恋人になれたらよかった① ※先生視点

 君と過ごした時間はどんなに些細なことでも全てが大事で、いつでもその記憶を取り出せるように日々を記録する。そうすることでデータ上だけではなく、自分の記憶にもより鮮明に残すことができる。  君がこの世に生まれてからの全てを知りたいくらいだけれど、それはさすがに難しい。“普通の恋人”というやつならば、自宅へ行って写真を見たり、仲のいいお姉さんたちに高校に入るよりも前のエピソードが聞けたりしたのだろうか。  でも恐らく僕は、小さな頃の君には一度会っている。  朧気で顔もはっきり思い出せないけれど、止むを得ず、本当にかなり嫌々だったが、我が校の生徒だった君のお姉さんを自宅に送った際に、男の子がいたのだけは覚えているのだ。  何度電話をしても出なかったが、彼女の担任からお父さんが亡くなったばかりだからかもと聞いていた。後からトラブルになるのも面倒だと、万が一家族がいれば挨拶をしておこうと玄関先まで連れて行ったのだ。しかし中にいた彼女の家族は年の離れた小さな弟だけだった。  とても丁寧に挨拶をしてくれたエプロン姿の小学生くらいの男の子。あの子は君だったんだろう?  僕が新任の時、君はまだあんなに小さな子供だったのだ。  それに気がついたのは君との関係がもう深くなり始めた頃で、年の差はわかっていたはずなのに“先生見てください”と目に涙を浮かべて熱い吐息を漏らす扇情的な君と、あの日深々とお辞儀をしていた小さな少年を並べては耐え難い罪悪感に襲われた。  しかしそれと同時に運命を感じている自分もいて、気持ちが悪い男だなとそれはそれで自虐的になった。  君と結ばれるべきなのは絶対に自分じゃないのはわかってる。赤い糸があるのならば僕とは絶対に繋がっていない。だから閉じ込めておかないと、僕の目にしか映らないようにしないとどこかに行ってしまう。  保健室で、屋上で。  毎回少し恥ずかしそうにひょっこりと姿を見せる君はとても可愛らしくて、僕の目の前で気持ちよくなっている君も隣で涙を流す君も愛おしくて、時間がくれば去ってしまうのをだんだんと残念に思っている自分がいた。  あの日は確か、屋上で空を眺めながらぼんやりとペントハウスの日陰でタバコを吸っていた。  ちょうどタバコを携帯灰皿に押付けた時、鍵を開けたままにしておいた扉の開く音がする。規則正しい足音を聞いてすぐに君だとわかった。そして角から顔だけ出して“見つけました”とはにかむ顔に胸が温かくなるのを感じた。  制服の君をしばらく見ていない。  着崩していたり行事以外ではネクタイをつけない生徒が多い中、シャツのボタンもブレザーのボタンもきちんと閉めて綺麗にネクタイを結ぶ、清潔感溢れる模範的な姿。  表情も柔らかく好感が高くて見目も良いために、この子は三年連続も学校案内パンフレットのモデルとして撮影協力を頼まれてしまっていた。当の本人は相当嫌だったがいつも通り断りきれなかったらしく、撮られないためにピアスと染髪でもしようか本気で悩んだらしい。  次年度からは出雲がいなくなってしまうので、これからは出雲の三年間の写真をローテーションで使おうなどと馬鹿な話を教員たちがしていた。本人がどれだけ嫌がろうとそれほど評判が良かったのだ。普段から出雲を悪くいう教師を僕は見た事がない。この子の人に好かれる才能には感服する。  しかし、どの教師にも大変気に入られ可愛がられているこの子が僕の元にくるのは、泣きたい時かエッチな気分の時だったのだから面白いものだ。  「また……泣きたくなっちゃったの?」 「そうですねぇ……」  曖昧な態度をとる出雲に、腕を広げて指先でちょいちょいと呼び寄せる。 「胸……貸す?」 「泣かなくても借りていいですか?」 「うん」  やや早歩きで近づいてきて僕の胸に飛び込んでくると、柔らかな栗毛が顎先に触れる。出雲は抱きつく時に白衣の上からではなく、白衣の中に手を滑らせて腰に手を回してくる。少しでも多く僕の感触を探っているようだ。 「先生とお付き合いしたいです」 「無理」 「わかってますよっ……結構好きなんですけどね、先生のこと……まぁそれ以前に生徒なんですが」 「そう」  ぎゅうううっと力任せに抱きついてくる背が痛いくらいだけれど、下を見ると可愛い頭の下に隠れた顔から膨れた頬が覗いてて、その痛みすら可愛く思えた。  よしよしと頭を撫でてあげれば胸板に頬を少しだけ擦り寄せる。 「でも……恋人って何するんでしょう。何するんですか?」 「何って……えっちなこと……?」 「そういうんじゃなくて、あるでしょう。デートしたり……」 「さぁ……」  デートなんて面倒くさいことはしたことがないし、まともな付き合いも知らないので首を傾げるしかない。  出雲を片手で抱いたままスマートフォンを取り出し、“恋人 デート”と検索をかけてみたらデートスポットみたいなものが大量に出てはくるが、ピンとくることはなかった。 「こんなこと……全然、聞きたくないのだけど。大鳥とは、しなかったの? デート……」 「デートですか。デートの定義がわかりませんが、ううん……」  傾げた首のおでこが、こつんと僕の肩口にあたる。少し考えた後、唇を小さく結んで拗ねたような顔を見せる。 「お家にお邪魔してお台所を借りて……その、してただけで。あ! 深夜や早朝にコンビニならよく行きました。人が少なくてちょっと特別な感じがするんです」  最後にはちょっと瞳をキラッとさせて僕を見上げるが、本当に絵に書いたようなセフレだったんだなと思わせるだけの情報だった。でもそんな些細なことでもこの子にとっては嬉しいお出かけだったのだろう。 「あっ……やっぱりそれはデートではないですよね。じゃあ、したことないです。恋人って何するんでしょうね。わからないです」  僕の表情から考えを察した出雲は、瞳を輝かせた星を全て地面に落としてしまったかのように暗い顔をして無理に微笑む。  可哀想に。この子は何も悪くないのに。ただ大好きだった大鳥の要求に応えて頑張っていただけなのに。 「どこか、行きたい場所は……ある? 恋人ができたら」  柔らかい髪の毛の感触を楽しみながら聞けば、出雲はまた顔を上げてじっと僕を見つめた。首が痛くなりそうなほどしっかり見上げてくれているその顔は、次第にぽぽぽぽと赤くなっていく。そしてスッと目を伏せたあと胸板に顔を埋め、くぐもった小さな声を出す。 「笑わないですか?」 「僕……そもそも、笑わないでしょ」 「ふふ、そうですね」  笑う声は少し緊張がとれていて安心した。それでもまだ照れているのか、ふぅ、と小さく息を吐くのが聞こえる。 「横浜など楽しそうです。海も見られますし、中華街で美味しいものを食べたりしたいです」 「うん? ああ……あの辺か。オクトーバーフェストが、やってる……」 「なにかのイベントですか?」 「そう……ドイツビールの。人混みは、嫌いだけど。あれだけは毎年行ってる……生ビールがたくさん、飲める」  僕を見上げて首を傾げた出雲は、唇をきゅっと結んで少しばかりムッとした顔を見せた。そして僕の脇腹あたりでいじけたように指先をくるくると滑らす。くすぐったい。 「大人なイベントですね。ご友人と行かれるんですか?」 「ううん、一人で」  この返事に出雲は目を丸くさせたあと、小さく笑った。そして一拍おいて確認するように繰り返す。 「お一人ですか」 「そう」 「そうでしたか。ちなみにデートには向きませんか」  毎年参加しているものの周りのことなど全く気にしていなかったので、あれがデート向きなのかなんなのかは分からなかった。しかし思い返せば一人客は少なく、グループや家族で騒いでいるのを見かけるからカップルもいたのではないだろうか。 「デート……うん、いいと思うよ? バンド演奏なんかも、しているし……恋人ができたら、横浜散策のついでに……」 「それは素敵ですね! でも先生、違いますよ」  憧れのデートへ思いを馳せているのかデザートを味わったあとのように甘く微笑みながら、出雲の背を抱いていた僕の腕をとる。そうして小さな手が僕の手首から指先までをスーッと撫でてから、指を絡めて手を繋いできた。手と手ではあるが焦らして絡め取られて珍しく心臓がドキリとした。 「恋人ができたら、じゃなくて……先生と恋人になったら行くんですよ?」  胸に頬を寄せたまま、真っ赤な顔をした上目遣いで唇を尖らせる。  僕はあまり面白い男ではないけれど、出雲がたくさん語り掛けてくれるからきっと賑やかで楽しいデートができるのだろうななんて、ガラにもなく想像した。  この頃は僕もまだそんな甘い夢が一緒に見れていた。 「でも、同性カップルだと街中でこうして手を繋いだりは……できませんよね。すぐ触りたくなってしまいそうです」  照れた赤い顔が、拗ねた顔から眉を八の字にした寂しそうな顔に変わる。  それが可哀想だけれど可愛くてたまらず、指先で顎を上げさせ軽い口付けをする。この頃は僕から口付けすることは少なかったため、出雲は頬が赤いどころか耳や首まで真っ赤に染めて茹でダコみたいになってしまっていた。 「いや……そんなこと言われて。僕の方が、照れてるからね?」  その顔に思わずツッコミを入れたらいても立ってもいられない様子で握っていた手まで離し、自分の両方のほっぺたを手で押えて力いっぱい目も口もギュッと閉じる。  でも手を離すことは許さず今度は僕から手を握って、少しからかってやろうと耳元で囁いた。 「ドライブデートは……? 車の中なら、少しくらい手も繋げる……ううん、もっと色んなとこ……触れるよ?」 「い、色んなとこって……せんせいの、ばか。嫌いです」  純朴で可愛らしい姿を見せたと思えば、少しからかうとすぐにしっとりと濡れた声を吐息と共に漏らす。  僕はそんな君が好きだ。とても好きだ。  どこに出しても恥ずかしくない、学校パンフに起用されるくらい真面目で模範的で美しい君が、誰にも見せられない部分は誰よりもだらしなくて淫らな、そんな君が好きだ。  君は本当に素敵な人だ。愛情とともに初めての劣等感も味わうほどに。  僕みたいな人間が触れちゃいけないほど綺麗な癖して、僕なんかに身体の中を掻き回されて、それを喜んで受けいれてはどろどろに溶ける。  思い出から現実に帰り、目の前で震える背骨を指先でなぞる。  少しも曲がってない。無駄な肉もついてない。すべらかな皮膚の下には薄く筋肉も感じられる。  でもその芸術的な背中から少し視線を下へやれば、僕のモノを飲み込む為に大きく拡がり捲れあがった、救いようがないほどやらしい尻穴が見られる。  起きていられずにベッドにうつ伏せで転がる出雲の腰を無理に掴んで持ち上げる。尻をこちらに向けて突き出す恥ずかしい格好をさせ、ちゅこちゅこと水音を立てながら浅い抜き差しを繰り返して前立腺を擦る。 「あぁ……ああぁぁ……あー……あーっ……」  鼻の抜けただらしない喘ぎ声を漏らしているくせに、しっかり中を蠢かせて僕を悦ばせようとしてくる。  縛り上げて玩具を入れたまま放置して睡眠を取り、起きた頃には涙にまみれた顔をして、喘ぎ声に交じってうわ言のように“せんせい、せんせい”と呟いていた。拘束を解いて挿入した今も、君はまだ僕のことを呼ぶ。 「しゅき……しぇんしぇ、しゅき……あっ、あっ……」  はっきりと意識もなさそうなのに。それは僕に語り掛けているのか、自分に言い聞かせているのか。  これも僕のせいなのだろう。  何度も君を悪い子だと言ってきた。ボロボロになった君に優しくして刺激して。僕だけが君を助けてあげるのだと信じ込ませて。  今度は君が自分に暗示をかけてるかのようだ。  

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