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恋人になれたらよかった⑦ ※先生視点
「しないよ? メリットが、ない」
僕が性器を出したことに反応しヒクついて誘う穴を無視して、外側から会陰を押して前立腺をマッサージする。潮ばっかり吹いて精液を出せない男性器から搾り出すにはこうするしかない。出雲はもどかしさに足の曲げ伸ばしをゆるやかに繰り返しながら、小さく声を漏らした。
「僕が辞めれば、穏便にことは済む。相手の子の家族に……知られないで済むよう、約束してる。養護教諭を続けるなら、謝罪と示談交渉……だって」
『悪い条件……保身のために辞めるのね』
「ううん。こんな形で、性的指向が……家族にバレるのは、可哀想だからね」
保身など考えるものかとため息混じりに言えば、向こうからはもっと大きなため息が返ってきた。
『そんなこと気遣う必要、あるの? パンフレットに掲載されてて生徒会長もしてた子に手を出すなんて、自分への当てつけなんじゃないかって……幸田さん言ってた。本当は相手のことなんてどうでもいいんでしょう』
幸田さん。
よく知りもしない、教職についてから初めて会った僕の父親。顔のつくりは母親の遺伝子を色濃く継いだため少しも似ていないが、目の前にしてみれば僕とさほど目線の高さが変わらないほどの背丈をしており、この人の遺伝子も自分はきちんと継いでいるのだなと思った。しかしそれ以外の感想は何も浮かばない。
僕の人生にとってどうでもいい人。理事長というイメージのほうが強く、父親だということを普段は忘れているくらい。
そして電話越しに会話をしているこの人も僕の人生にとってどうでもいい人。
大学にあがってから今住んでいるこのマンションを与えられ、それから一度も顔を見ていない。それまでも顔を見て会話した記憶などほとんどないため、自分と似ていたことしかわからない。
この人たちがどうでもいいのであって、出雲への想いを勝手にどうでもいいと決めつけられる筋合いはない。
しかしそれだってどうでもいい。そう思いたいのならばそう思えばいい、否定するのも面倒くさい。どう思われてもこちらに損失はない。それよりも少し意に反することをされただけで当てつけだと思うなんて、今まで僕を放ったらかしにしていた自分たちによくそこまでの価値を見い出せるものだ。
しかしまだ理事長はマシだ。僕たち親子の存在を疎ましく思って排除しようとしている。
彼としても出雲の家族にこのことを明かしたくないのは当然のことで、実際のところ辞めるという選択肢しか用意されていない。精算したい不倫相手とその子供など邪魔で仕方なかった彼は、注意深くこちらを観察して僕がなにか大きな失敗をするのを待っていたのだろう。
いつまでも彼に拘っているこの人だけが、この繋がりを続けようともがいてる。
「理事長……幸田さん? と、縁を切りたくないなら、あっちに連絡してくれる? 僕はもう、関係ない」
『なぜ? 今まで私の言うこと聞いてきたのに。どうしてなの? 他で就職できると思ってるの? まともにコミュニケーションもとれないのに』
「それこそ……どうでもいいよね? もうこれで……あなた達との縁もなくなる。縁があってもなくても、どうでもいいことだけど。目の上のたんこぶが取れたぐらいの気持ちでは……ある」
今までとりあえず言われた通りにしていたのは損することはないと判断した上でのことで、この人のためではない。 一人で好きに生きていくには問題なかったし、都合も良かった。
でも今回のことは違う。
「僕のこともあなた達の事もどうでもいい。ただ僕は……僕以外のことで、この子が傷つくのは……嫌だな」
出雲が全部僕のせいにするなら、そうしたいならそれでいい。悪戯されたとでも無理やり監禁されていたとでも言えばいいけれど、この子はそうしない……きっと僕を庇う。
それは友人から孤立するのとは訳が違う。姉二人に年の離れた弟という家族構成だけでもすくいとれる情報はある。この子の性的指向がこんな形で知られてしまうのは、家族がどんな反応をしたとしても傷ついてしまうのはわかる。
いっそ自ら進んで男性教諭に存分に犯されている息子を、弟を、蔑んで見捨てるような家族ならば打ち明けてしまうのも良いと思う。けれどそんなことにはならない。電話越しの出雲を気遣う声、心配で仕方ないと訴えてくる情緒不安定な大量のメッセージ。
きっとあの家族がする反応は僕の望まないものだし、出雲は余計に自分を責める。
いやでも、これだってただの建前かもしれない。
出雲の家族に明かさないということはつまり、バレないうちに出雲を家に帰さなければならないということだ。
出雲を手放したくない。どう足掻いても自分の力では手放せない。出雲が僕の元から離れようとするのも許せない。だからこうなって安心した。僕の行いを罰してくれる人がいてよかった。他人の力によって出雲を家に帰してあげられることができて嬉しかった。
そう思ってるのに、引き剥がされてもう家に帰すことが決まっているのに、往生際悪く僕はまだ藻掻いてる。君が壊れてしまえば或いは、と。せめてただの若気の至りや一時の気の迷いで終わらないよう、その身体にできる限り自分を刻み込みたい、と。
そんな想いなど何も知らない電話の向こうのこの人は、思い通りにいかない僕をただ冷たく突き放した。
『ここまで世話してあげたのに、薄情な子』
世話してあげたという言葉に違和感しかなかったが、子供の頃から高額なゲーム機やらパソコンやら買い与えられていたことを思い出した。これまでお金にだけは不自由しなかった。
「お金の話? この家を返せとでも言うの?」
『いらない。名義変更も管理するのも手間だし、元々客からもらったもの……無駄にいい所だから固定資産税も高いでしょ』
この人は昔からいらないもの、始末に困るものばかり僕に押し付ける。このマンションは押し付けられて良かったけれど。
それよりも出雲の精液が出ない。これだけ性的刺激を与えているのだから上がってきているかと思ったのに。電話の最中でもあるし出してあげてから入れるつもりだったが、もう少し緩い刺激で遊ぶか。しかしそんなことを考えていたら出雲の手が伸びてきて、スマートフォンを握る僕の腕にその手は添えられた。僕が視線を返せばその手は離れていき、人差し指の第一関節に歯を当てながら物欲しそうにこちらを蕩けた瞳で見つめてくる。もう片方の手は自らの下腹部あたりを撫でながら、腰を揺らして僕を誘った。
屈んで出雲の耳元へ唇を寄せ、電話したまま入れていいの、と小さな声で聞いてみれば頬に口付けて頷いた。
「住む場所さえあれば、どうとでもなる。あとは二人で、好きにやって。あなたも……もう僕に、客からもらったもの送らないで。湯の雫、だっけ……温泉の。あれは、出雲が喜んでいたけど」
『いずも?』
「うん……僕の可愛い子」
ランドリーラックにしまいっぱなしだったこの人に送り付けられた温泉の素を見つけて、出雲が興奮しながらどれだけ良い製品か語って教えてくれたのを思い出す。一緒に湯船に浸かったあと“肌がすべすべです”と喜んでいたけれど、いつもすべすべなんだけどな、と僕にはあまり違いがわからなかった。でも湯上りでほかほかした出雲が嬉しそうに頬や腕を寄せてくるのがただ可愛かった。
太ももを抑えて足を開けば、やっぱり手に吸い付くようにしっとりとすべらかな肌をしている。
三週間。短いながらに思い出すことがたくさんあると瞼の裏に浮かぶ光景を愛でながら、温かい出雲の中へ入っていく。
「あっ……ん、んんっ……」
声を抑えているつもりなのだろうけれどきっと丸聞こえだったのだろう、ああ最悪、と不愉快そうな声が聞こえてくる。
それが面白かったのでわざと出雲の弱いところを重点的に責めれば、抑えきれない、けれど普段よりも慎ましい声が溢れた。
「せんせっ、あ、だめっ……こえっ、あ……でちゃ、う……」
「いいよ? 聞きたい。僕も散々……この人と恋人だか客だかの声、聞いたからね。そういうこと、気にならない人だよ」
あ、と艶っぽい声を出しながらも、出雲が首を傾げる。だれ、と問いかけるように。
「僕のおかあさん。挨拶、しておく?」
もう話すこともないのでベッドにぽんとスマートフォンを放り、出雲の腰をしっかり捕まえてぎゅうっと締まる肉をかきわけるように奥まで押し進めていく。
「や……その人、あっ……きらい……きらい、です……」
熱い息を吐きながら自分の近くに置かれたスマートフォンを出雲は手で軽く払い除け、遠くへやった。そして僕を見上げ、目を細めて柔らかく微笑む。
「せんせぇ、きもちいぃ……おちんちん、入れてもらって嬉しい……先生、きもちいい? おれの中、きもちいですか? 」
「気持ちいいよ? 入れるつもり……なかったのに。すぐ、入れたくなる」
「うれしい……」
出雲が手を伸ばすので腰をさらに高く上げさせながら近づけば、背に腕を回され抱きつかれた。固さを感じない、惚れ惚れとするほどしなやかな筋肉をしている。
スマートフォンから何やら音が聞こえたので通話が切れたかと視線を向けようとすれば、それを阻止するように出雲にさらに抱き寄せられ、首筋を甘くくすぐりながら幸福で包むような声で囁きかけられた。
「いらない、その人……いらない、でしょう? はぁ、あ……俺にしか感情向けないで……怒っちゃ、だめ……」
「うん? 僕、怒ってた?」
その問いに出雲は答えなかった。抱き締めるように中がきゅうっと締まり、それに合わせて悩ましく喘ぐ。
「あぁぁ……せんせぇ……先生のこと幸せにできるの、俺だけです…………先生だいすき……もっとひどいこと、して……」
出雲の話を聞こうと思うのに蠢き誘われて、挿入したままでいた腰を引いてゆっくりと動き始める。しかしそんなんじゃ足りないと、出雲は踊るように艶めかしく腰を上下左右に揺らして擦り付けてくる。支配してやりたいのにあまりに気持ちが良くて僕が支配されてしまいそうだ。
「出雲、待って……君、言いたいことがあるんじゃ……」
「せんせぇ、動いて? おちんちんずぼずぼして? おなかの中、かき回して?」
「ああ、もう……また、煽る……」
そんなこと言われて我慢できるわけがない。言われるままに腰を激しく打ちつけ始める。ギリギリまで引き抜いて、中にある入口まで長いストロークを繰り返した。
もっと話したいことがたくさんある。けれど何も言葉にできない。僕の中にある綺麗な思い出のような時間を君とまた過ごすのも辛い。今あんなに可愛らしい出雲を目の当たりにしたら泣いてしまいそうだ。
ずっと君になんて言おうか考えてる。結局恋人にならなかったから別れようとも言えない。つまらないことにこだわらないで君と恋人になっていればよかった。
君はずっと恋人になりたいと言ってくれていたのに。
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