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■はじまり

2008年5月20日、火曜日は部室の鍵当番だったので、みんなが出ていくのを最後まで待っていた。放課後の部室は汗の匂いで充満していて、そろそろ夏だなと感じる。 「信治、一緒に出ないの?」 「出る出る、でもみんなが出るまでと思って課題に手つけちゃったから、キリいいとこまでやって帰る」 「そ?待つ?」 「いいよー帰んなー」 「じゃ お先ー」 ぞろぞろと出ていく仲間たちを見送って、再びペンを取る。 数学は得意だし好き。 静かになった部室で、むわっとした空気はまだ少しうざったいけど、集中して解を出す時間が好き。 下線を引いて、満足して、プリントをファイルに仕舞う。曇り空のせいか、この時期にしてはもう結構薄暗くなっていて焦った。完全下校時刻まわってるかも。 荷物をまとめて入り口に腰掛け、スニーカーの紐を結び直そうとしたところで、ざりざりと足音が聞こえた。あ、遅くまで残ってたから怒られるかな。 そう思って顔を上げたと同時にドアが開き、目が合った。山下先生。保体の先生で、野球部の顧問で、学年主任。生徒会保安部でもお世話になっている。 「まだ灯りが点いてると思ったら。残ってたのか、秋山」 「あ…すみません、いま出ます」 先生は部室を見回し、靴を脱いで上がった。なんで?と思って目で追ったのに気付いてか、先生も数歩進んだところで立ち止まる。 「ちょっとおまえに話があってな。誰にも聞かれちゃまずい、大事な話だ」 「大事な話…何ですか?」 「カーテン閉めろ秋山、全部だ」 先生の意図がわからなかったけど、生徒会の話かなあとか、体育祭の話かなあとか考えつつ、履いたばかりの靴を脱いで俺も上がった。 言われたとおり部室のカーテンを全て閉めたところで、ふっと電気が消えた。突然のことに振り返るけど、背後にいる先生の姿は暗くてよく見えない。 「先生?電気が…手が当たっちゃいましたか?大丈夫ですか?先生?せ」 ふいに近づいた背後の気配と風を切る音と、次の瞬間頬に強い衝撃、自分の体が壁際に飛んでいくのと、打ち付けられた体の痛み、 理解が追いつかないまま誰かが馬乗りになってそのまま数回殴られる。混乱する。どこを何回殴られているかわからなくなる。 顔を掴まれて、鼻息と口に押し入られる感覚。ぬろりとタバコ臭くて気持ち悪い。 恐い。 必死で押し返して叫ぶ。と腹を殴られる。 床に咽せ、逃れようとするとズボンを引き摺られた。ていうか、 下半身に、素肌に触れられて、掴まれて擦られて叫ぶ。誰に何をされてるの、わからないまままた殴られて、そろそろ体に力が入らない。 脚を持ち上げられて、押し入ってくる物凄い圧と痛みに貫かれて、それから何度か叫んだり、その度に殴られたりして、暗闇に目が慣れる頃には絶望した。

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