部活が終わって、また体育教官室の前に来ている。一緒に帰るのを何日も断り続けていることもそのうちみんなに怪しまれるようになるだろう。 いつまでも続けられない関係なのはわかってる。 でも、逃げ方がわからないからごまかしばかりが上手くなっていく。 「失礼します、秋山です」 「おう、入れ」 昼間あんなことやってしまった分少々気まずかったけど、先生はいつもと特段変わらない様子で、こっちを一瞥して意地悪く笑った。 「来たよ反抗期が」 どうやらまだ仕事があるらしいので、入口から一番近く、つまり先生の座っている席から対角線上一番遠い席に腰を下ろした。 「ああ、それともあれか。昨日生理来たからそれでイライラしてんのか」 なるほどなあーと勝手に納得している先生は無視して、近くの箱ティッシュから1枚引き出した。 「なんだ暇だからシコんのか？」 この体育教官室、デスクが6台あるけど先生が使っているのは奥のものだけなので、入口近くのこちらのデスクにはホコリが積んでいる。見るだけでくしゃみが出そうだから、手に取ったティッシュを滑らせてホコリを拭き取る。 「なんか言えよつまんねえなあ、いつまで拗ねてんだよ」 不服そうなセリフの合間にカチ、という音がしたかと思ったら、視界の隅で細く煙が立ちのぼるのが見えた。 「ちょっとここ室内…！」 慌てて立ち上がって先生に駆け寄ると当たり前のように煙草を吸っていた。 「いんだよ俺しか使わねんだから」 「も……普段からここで吸ってるんですか？どおりでいつも煙草のにおいがするわけだ」 「いやここでは滅多に吸わねえよさすがに、校舎裏で吸ってる」 「校内全面禁煙なんですよ」 「ほかの先生たちも吸ってるし」 「それもほんとはだめなんですよ」 「反抗期のくせに厳しいなあ」 「いいから火 消してください」 大の大人が呆れたものだ。 先生はへいへいと返事はしつつも指先でまだ火のついた煙草を弄んでいる。 「秋山」 「なんです」 先生がくいくいっと手招きをする。 すでに先生の椅子の目の前に立っていたのでそれ以上歩み寄ることもできず、座る先生の目線に顔を近づけた。 すると先生が、あー、と口を開けてみせた。 なに、俺にも吸わせようってこと？ 「吸いませんよ？」 「ちげえよ」 意図がわからず首を傾げるとまた、あー、と口を広げて見せてくる。 やれってことか？と思って、真似して口を開けた。 と、先生の右手に摘まれた煙草が火をこちら側に向けて近づいてきた。 「灰皿」 ギョッとした時にはもう遅く、口に突っ込まれた煙草の灰が舌先に落ちた。 「ッーーーー！！！！」 予想外の出来事とジリっと弾けるような熱さに飛びのいた。にやつく先生に背を向けて部屋の隅の洗面台に走る。 じゃばじゃばと口をゆすぐと口の中は冷えてゆき、熱さや痛みは正直そこまでじゃない。 けど平気でこういうことするこの人が怖い。 煙は喉の奥で甘い。 先生は半笑いのまま黙ってこちらを見ている。 「しん、しんじられない…」 陶器の洗面台のへりを掴んで、そのまま床にへたり込んだ。慌ててゆすいだから洗面台周りの床に水が撥ねていて、膝に少し滲みた。 はっは、と乾いた笑いを歩く振動に揺らしながら先生がやってきた。 鼻からシャツの胸元まで濡らしてへたり込んでいる俺を見下ろして、頬を掴み上げる。 「馬鹿だな秋山」 屈辱。 この人といると、自尊心とか、自分を構成する要素の均衡が乱されてしまう。 「黙って抱かれてりゃあお互い気持ちくてWIN-WINだろうがよ」 うん、そうかもしれない。 灰皿みたいに、先生の快楽の受け皿役として割り切ったほうがこっちも楽になれるのかもしれない。痛かっただけのことが徐々に性感に置き換えられていってる自覚は、正直あるし。 俺の頬を掴んだまま、今度は先生がこちらに目線を合わせるようにゆっくりしゃがみ込んだ。 「今日はおめえが気持ちよくなれるセックスしてやっから。イイとこ探してやるよ」