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第1話 組織の囚われ人

体に鈍痛が走り目を覚ますと、そこはコンクリートの壁ではなく赤い壁紙の部屋だった。ぼんやりとした意識の中で人の気配だけを感じる。 「っ‥‥」 「目が覚めたか」  聞き覚えのある声に意識がはっきりする。この声は黒璃秦のものだ。慌てて身を起こそうとするが重くて動かせそうにない。 ふわふわと柔らかな感覚が身を包み込んでいる。気づかぬ間に寝室へ移動させられていたようだ。 「随分いたぶられたようだな」 「あんたが‥命じたんだろう‥」 「貴様は人の話を聞いていなかったのか。あの時、私は自ら求めてくるまで手を出すなと部下に命じた」  黒が余裕ありげに一瞥し、そのままこちらに近づいてくる。動かない体でどうにか身構えるが、何かされても抵抗することはできないないだろう。  黒が動いた時に風向きが変わったのか、へんな匂いがする。またよくわからない危険なお香かもしれない。 「来るな!それ以上近づくな‥」 「酷く怯えているな。刑事が聞いてあきれる」 「あんたのせいだろう。訳の分からない薬を吸わされて‥」  身構えていると黒の手が頭に添えられそのままガシガシと撫でまわされた。 何なんだ…この男、掴みどころがない。起きたことに理解が出来ずおもわず黒を睨んでしまった。 「何するんだ!離せ‥」 「その物言い気に食わないな。もっと自分の状況を気にしたらどうだ」  言われた通り辺りを見渡してここがベットの上だと分かった。そして今はこの男と二人きり‥この状況なら逃げられるかもしれない。そんな甘い考えに気持ちが揺らぎそうになるが慎重に行動しなければならない。この部屋が建物のどこなのか。そもそもここが何処なのかもわからない以上、安易には動けない。 余裕ありげにベッドに腰掛けてこちらを弄んでくる黒に憤りを感じながらも、抵抗出来ずにされるがままになっている。 黒の片手には銃が握られているがそれ以上に俺は警戒している。どう考えても今の状況に勝ち目はない。  グゥ‥  警戒していたはずなのに、腹の虫が素直な反応を示した。今のは絶対に黒に聞こえたはずだ。 「腹が減ったようだな。2日も眠っていたら無理もないか」 「2日‥」 「何か腹持ちの良いものを用意させる」  黒はそういうとベッドから離れて、電話で何か話し始めた。二日も食べずに死んだように眠っていたが、体が石のように重くて動かない。原因はお腹が空いているだけじゃない。男に吸わされた薬の影響と慣れない行為を強要されたからだ。 「食えないものはあるか?」 「とくには‥ない」 「そうか」  そういうと黒がまた受話器越しに何かを話している。内容は分からないが警戒の証の拳銃がこちらに向けられている。そんな状態でも瞼が重い。何とか意識を留めたまま、呆然と銃口の一点を見つめる。  しばらくして扉が叩かれ男が入ってきた。手には銀のトレイを持っている。途端に部屋には料理のにおいが漂う。 「首領(ボス)。食事をお持ちしました」 「そこに置いて下がれ」 「畏まりました。失礼いたします」  左眉の上に傷のある男がテーブルに料理を置くと頭を下げて出て行った。黒が椅子から立ち上がるとテーブルに置いてあるトレイを持ち、こちらに向かってくる。 「飯を食え。起きられなくても食えるものを用意させた」  トレイをベッドに置くと口にホットサンドを近づけてきた。無理やり口に詰め込まれ、むせそうになる。何をするにも無理矢理だ。俺の許可など必要なく、黒の好き勝手にされている。納得はいかないが今は仕方がない。 「ゲホゲホッ‥」 「吐き出さずに全部食え」  咀嚼していると水を一気に流し込まれ、乱暴に食べさせられる。悔しいが自力では食べることができない。 「ゲホゲホ‥」 「肉も食え」  ポークチョップを詰め込まれ、食べ終わると最後に黒がカプセルを口に近づけてきた。 「それ‥何だ‥」 「変な薬ではない。滋養強壮剤の類だ」  この男の言うことは信用ならない。あんなことがあったのだから信じろという方が無理だ。口を噤んで抵抗するが、無理やり飲まされる。 「ん‥はぁ‥」 「もう少し休んでいろ」  黒が側から離れデスクに戻った。無理やり乱暴なやり方で食べさせられたが、あの部屋で会ったときような威圧感が少しだけ薄れているように感じた。 今の黒が本当の姿なのかは分からないが、根は優しいんじゃないかとさえ錯覚してしまうほどだ。素直じゃないだけなのだろうか。

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