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第3話 抗争の前夜

朝から武器の搬入や作戦会議など黒は忙しくしていた。勿論その様子を誰よりも近くで護衛として見ている。組員達からは相変わらず奇異な目で見られる事も多いが、黒の手前みんな行動に起こしてくることはない。 来客との密会を済ませたり、組員達との最終確認を行った後、簡素ではあるが宴が始まった。組員の士気を上げるための計らいだということは見ているだけですぐにわかる。黒は驚くことに笑顔で組員達と宴を楽しんでいた。嘲笑われることや鼻で笑われることはあったが、あんなに穏やかな笑顔は初めて見た。 黒は宴を堪能した後、自室で武器を分解して手入れを始めた。今日は朝から気が抜ける暇がなかった。護衛がいるからといって黒はあからさまに隙を見せている。刺客が居ればまず狙われ兼ねないだろう。わざとやってる辺りタチが悪い。俺の命がいくつあっても守れきれない気がする。 「貴様も手入れは怠るなよ」 「わかっている」 整備道具を投げて寄越されたのを受け取り、自分の銃の手入れを始める。今この時も敵組織のスナイパーが狙ってるかもわからないのに二人ともが銃の手入れをしていて良いのだろうか。そんな事を考えながらも命令通りに手入れを続けた。 銃の手入れをする黒は手際が良く、淡々と組み立てていく。集中して整備していると、こちらに向けられた視線に気づき顔を上げる。 「今から風呂にいく。貴様も同行しろ」 「わかった」 いそいそと銃を組み立てホルスターに戻し、黒の後に続いて部屋を出る。長い廊下を歩き、辿り着いたのは今まで一度も訪れたことのない場所だった。大浴場の脱衣所で裸になる。ここにきてから一度も黒の裸を見たことはなかったので無意識にまじまじと見てしまった。 「なんだ」 「あ、いや…」 見ていたことがバレて鋭い目で睨まれる。胸筋や腹筋、上腕二頭筋など申し分のない筋肉に覆われた立派な体つきをしている。そして背部には首領に相応しい刺青が全面にあしらわれていた。これだけで広範囲にわたる刺青を入れるのはかなり痛かっただろう。そんなことを思いながらそっと視線を外した。 次に黒は眼帯を外した。左瞼は閉ざされ縦に斬られた傷が残っている。痛々しい傷跡は普段は眼帯で綺麗に隠されているため、知らない者も多いだろう。そんな部分を晒されるのは嫌ではなかった。優越感にも似た感情が湧いてくる。 黒はバスタオルを手にして浴室の扉を開いた。続くように中に入ると驚くべき光景が目の前に広がっていた。大きな大理石調の壁には二体のドラゴンの像があり、口から放つ湯が浴槽を満たしている。 「これは‥」 「私専用の風呂だ」 「これあんたの趣味なのか」 趣味が悪いとは思わないが豪華という言葉がぴったりな浴室だ。アジトにこんな場所があったとは知らなかった。全ての部屋を見て回ったわけではないから知らないところがあって当然だが、現実離れしている光景に圧巻するしかなかった。 「さっさと入れ」 黒の言葉に我に帰り、浴室の扉を閉めて中へ入った。シャワーで体を清めたあと黒に続いて浴槽へ入る。湯にはバスソルトの色と香りがしている。優雅に風呂に浸かる黒は髪を解き、かなりリラックスしているようだ。 「今まではあんた一人で入ってたのか?」 「なぜそう思う」 「専用だって言ってたから。人を寄せ付けないあんたが誰かと一緒に風呂に入るなんて想像できない」 「相手次第だな」 何か含みのある物言いに誰かを連れ込んだことがあるのかもしれないと変な勘ぐりをしてしまう。素っ裸で誰かを連れ込むなんてやる事はひとつと思ったが、そんなことを考えている自分が嫌で無理やり考えを打ち切った。 黒が情夫に困っていない事はわかっている。未だ俺に手を出してこない辺り、他で足りているからだろう。足りてるなら俺としては有り難い。薬のせいで自ら男を求めた事は事実だが、俺はそういうことには疎い。 黒なら人を丸め込むための手段としてセックスをすることもあるだろうが、俺にはそんなことをする必要はない。 「あの男もここに入ったことがあるのか?」 「誰のことだ」 「あんたの右腕」 「(トウ)のことか」 燈は黒の右腕だ。食事や着替えなどで色々と世話になっている。基本的には無口だが、修羅場を潜り抜けてきたのは見てわかる。眉の上に傷跡があり、手の甲にも酷い傷跡があった。 俺よりもずっと長く黒のそばにいるなら、ここで情事が行われていても何ら不思議はない。 全てを捧げさせる為に蹂躙し、快楽を植え付ける。そうすれば人は簡単に堕ちてしまう。黒はそういう最低なこともできる男だ。 「来たことはあるな」 「そうか‥」 「貴様、何を考えている」 「燈を蹂躙するなんて簡単なんだろうなと…」 自分の考えを口にした。追求されなければ答えるつもりはなかったが、あえて言葉してみた。 「貴様にしては中々勘が鋭いな」 「げ、まじか…最低だな‥」 「性交が恋人の間でだけ交わされるものだと思っていたのか。ガキだな‥」 くつくつと喉で笑いながら吐き捨てるように言われた。恥ずかしさと憤りを感じながらも、これ以上辱められるのは嫌だから口

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