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第3話 抗争の前夜

黙ったまま湯船に浸かっていると体がフラフラし、視界が歪みはじめた。思っていた以上に黒が長風呂だったので逆上せてしまったみたいだ。 黒に逆上せたので上がっても良いか聞くのは負けた気がして嫌だったので我慢していたせいだ。 限界を迎え、意識が遠のいていく―― しばらくして喉に冷たい物を感じた。少しずつ意識を取り戻す。ふわふわと柔らかい感覚を背中に感じながら嚥下した。 「ん‥」 「起きたか?」 「‥ここは‥」 「寝室だ」 黒がバスローブに身を包み此方の頭を持ち上げて覗き込んでいる。先ほどの冷たい感覚は何だろう。酷く喉が乾くが起き上がれそうにない。 「もう一口飲むか?」 「え?」 「喉が渇いただろ」 黒の手元を見るとグラスが握られていた。先ほどの冷たい感覚は意識朦朧としていた中で、与えられた水分だった。 一体どうやって飲ませたのか、状況から考えると1つしかない。黒が口移しをしたのだろう。 「まさかあんた…」 「何だ。キスは初めてだったのか」 「そ、そんな訳ない」 「不慮の事故だと思え」 そういうと黒がグラスを傾けて水を含み、そのまま顔を近づけてきた。重なった唇が薄く開かれ、水分が流れ込んでくる。 「んく‥ん‥」 舌で氷を押し当てられる。口の中に黒の舌と氷がいるのがわかる。まるでディープキスをしている様だ。氷を舐めるように舌を動かすと黒の舌を絡め取るような形になってしまった。 冷たい塊が消えて無くなる頃、黒の舌が出ていった。ちらっと視線を向けると舌にも刺青があることに気づいた。濃厚なキスをしない限り見ることのない存在を知れて喜んでしまった。この感覚は何だ? 「足りたか?」 「あ、あぁ。十分だ」 呆気に取られていたが黒は何事もなかったかのように真顔で此方を見てくる。消えない唇の感覚を確認すよう指でなぞる。意外にも暖かで柔らかな黒の唇は普段の姿からでは想像もつかないものだった。 「少し休め。明日使い物にならなければ切り捨てるからな」 「わかった。さっきは‥助かった」 「お前にしては殊勝なことだ」 黒は口元を歪めている。俺が素直になるのがそんなに珍しいだろうか。確かに牙を剥くことはあっても礼を言うことは無かったかもしれない。 先ほどから黒の唇の感触が消えずにまじまじと見つめてしまう。気づかれたくないのに無意識に釘付けになっていた。 「まだ水が欲しいのか?」 「いや、そうじゃない…」 「そうか。そんなに私とのキスが良かったか」 「べ、別に‥そんなんじゃない!」 少し声を荒げるようになってしまったが、黒は怒ることもなく。唇を歪ませたままくつくつと喉で笑っている。こちらの羞恥心を煽るようなことを言われ、ついカッとなってしまった。口移しごときで、大人気ない。

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