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第5話 ひとときの休息

ヘリコプターが向かった先はアジトではなかった。ここが何処なのか説明もないまま連れて来られていい気はしない。 着陸して外にでると寒さで体が凍りそうだ。積雪はないものの寒波が押し寄せていて、とても寒い。 船上に居た黒は魔物そのものだった。自分の目的の為なら犠牲を厭わない。組織に所属して初めて黒の恐ろしさを目の当たりにした出来事だった。 「ここは?」 「島の北側から数十キロ先にある小島だ」 「場所はわからないけど寒いな」 ガクガクと体が痙攣し始める。海上は熱気や殺気で暑いくらいだったが今は汗で濡れた服が体の体温を奪っていく。緊張や高ぶりは未だに解消されないまま寒空の下で黒の後ろを歩き目的地を目指す。 「少しの我慢だ。すぐにコテージが見えてくる」 「そこもあんたの持ち物なのか」 「いや、私のではない」 目的のコテージが見えた。最近まで誰か人がいたかのように周辺が整備されている。今は人気(ひとけ)はないが、舗装された砂利道は雑草の1本も生えていない。明らかに誰かの手が加えられている。 明かりの灯っていないコテージの中に入ると黒が暖炉に薪をくべた。内装はアジトほど豪華ではないが素朴で静かで落ち着く。 「そこに座れ」 促されるように暖炉の正面にあるソファへ腰を下ろした。海上での戦闘の余韻が消えず、リラックスなど到底できそうにない。 黒が血で汚れた上着を脱ぎ暖炉へと投げ入れた。オーダーメイドであしらわれた高級なスーツがいとも簡単に灰になっていく。俺はそれをじっと見つめ暖をとった。そんな時ふと思った。 今ここにいるのは正真正銘、黒と俺だけ。アジトの部屋で二人きりになることはあっても廊下には常に護衛がいたし、移動となれば取り囲まれるように護衛が張り付く。隙だらけのこの状況でこの男を守りきれるだろうか。 「シャワー浴びてくる」 「好きにしろ」 血生臭さと汗ばんだ服、緊張した雰囲気を払拭したくて席を立ち、俺はシャワールームへと向かった。血と汗と緊張を洗い流し、脱衣所にあったバスローブに身を包んだ。体がサッパリしたお陰で心が少し安らいだ。血なまぐささもなくなり安堵した。 人を守る為に銃を持つことはあったが、初めて人を殺すために銃を持った。罪悪感と後悔を感じている。お互いの組織の威圧感に押しつぶされない様に集中し、気を張り詰めていたのでかなり疲労が溜まっている。 リビングに居るであろう黒の元へ向かう。誰かと連絡をしていたようで視線で席を外すように促された。邪魔しないように近くの部屋に入るとそこは寝室だった。派手さは無いが綺麗に整えられたベットシーツに綺麗に畳まれた掛け布団。ホテルとは程遠い環境だが今の俺には十分だ。 「流石に疲れた…」 独り言を言いながらベッドに寝転がる。一気に体の力が抜けた。これがリラックスというものかとわかるくらいマットレスに体重を預けている。 ベッドに入ってからそんなに時間は経っていなかったが、バスローブ姿の黒が現れた。俺の様子を見てため息をつき、そのままベッドに入ってきた。今は一緒に居たく無い。 つい先ほどまで躊躇せず人を殺した男だ。みんなこの男の掌の上で転がされ、弄ばれて必要無くなれば簡単に捨てられる。裏切られた仲間の気持ちなどこれっぽちも考えていない。そんな黒を俺は守るべきなのだろうか疑問に思う。 「疲れただろう。休め」 「…あんたは最低だ。自分だけこんな安全地帯で疲れを癒すつもりなんだろ」 「そういうお前も最低だろう。仲間を見捨てここにいる」 まだ逃げられずもがいている仲間が海上にいるかもしれないのに、俺たちはこんなところで寝転がっている。最低なのはお互い様だ。そうとわかっていても怒りをぶつけられずには居られない。 「全部あんたの思惑通りに事が運んで、さぞ愉快だろ」 「思惑通りではなかった」 「得意げな顔してただろ」 「あの男が自ら命を落とすのは想定外だった」 黒は眉間にしわを寄せて凄く不機嫌なのが見て取れた。仲間を見捨てたことに少なからず罪悪感を感じたりするのだろうか。この男にも人の心が備わっていると信じたい。 黒の描いたシナリオにまんまと乗せられ、慧は薬に屈してしまったのだろう。忠誠を誓ったレオを殺すことはできず、自ら命を絶つことを選択した。死んだ目をしていても心だけは死んでいなかったように感じ、そこにいた誰もが後味の悪い感覚に苛まれた。 黒が世界にいる限り戦争は無くならない。予想外のことが起こったとしても全てはこの男の思惑通りに物事が進み、気づけばすべて奪われているのかもしれない。そんな世界には正義などないだろう。

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