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第6話 忠誠の証
午前8時、遅めに起床した。抗争の疲れと情事の疲れが相まって相当疲労困憊していたようだ。昨日の目まぐるしい出来事に脳内整理がまだできていない。隣に寝ていたはずの黒の姿がないことに気づく。
のそりと上体を起こしベッドから下りると、砕け落ちるように床に崩れた。思っていた以上に腰へのダメージが酷いみたいだ。
「ッ…くそ…」
這いつくばるように匍匐前進でベッド近くのソファに向かう。剥ぎ取られ床に抛られていたはずのバスローブが綺麗にたたまれ置かれていた。床に突っ伏したままバスローブ引っ張り体に纏った。バスローブはすぐに見つかったが肝心な下半身を隠す下着が見当たらない。辺りを見渡すがそれらしきものはなく、仕方なくバスローブの帯を結び、寝室を出た。
黒が暖炉の前に座り、訪問者と話している。内容が聞き取れないものの俺の存在はバレていないみたいだ。匍匐前進を続けていると床が軋み、居所がバレてしまった。
「何をしている」
「あんたのせいで腰が立たない…」
鼻で笑われ見下ろされる視線は痛かった。昨夜のことが無かったかのような尊大な態度に耐えきれず、助けを求めた。手を差し出されて起ちあがると、訪問者と目が合う。
「この人は誰なんだ」
「彫師だ」
「なぜこんなところに?」
疑問に思ったまま自分の服装が乱れていることに気づき慌ててバスローブ整えた。ソファに座らされると服を投げてよこされた。訪問者の前で丸裸になり着替える事に抵抗はあるが、相手も男だから気にせずに用意された服を纏った。
黒から説明され彫師は俺に刺青を施すために来たことがわかった。組織に属する以上は体のどこかに刺青を入れることが掟らしい。俺は拉致されて連れて来られ正式な手続きなしに組織に属することになったので、掟など知る由もなかった。
彫師からは入れる部位によって痛みが生じることの説明を受けて、俺は何処に入れるのか決め兼ねていた。黒が目の前に居る手前、拒否することも出来ず考え込む。
黒はこちらの様子を見兼ねて席を外した。
「何処に入れるかは自由だが首領への忠誠を示すなら皮膚が薄い部分に入れるのがいいかな。燈は確か脇と内腿に入れていたな。痛いのに声一つ上げなかった。大した奴だ」
関心したように言った彫師の言葉に俺は眉をひそめた。燈と張り合うわけではないが、彼に出来たことが俺に出来ないはずがない。
彫師が鞄から書類を出し渡してきた。デザインと入れる部位が書かれている。書類に目を通して痛い部位に入れることに決めた。
「尻の内側と胸に入れてくれ」
「胸は乳首に近ければ近いほど痛いがどうする」
「…それで構わない。デザインはあんたに任せる」
彫師に承諾書を渡して俺はソファにうつ伏せになった。消毒から彫り終わるまでの数時間、俺にとっては地獄だった。呻き声をあげながら、動くなと体を押さえつけられ激痛に耐えた。彫り終える頃には俺は意識を手放していた。
忍耐と体力を使い果たし意識を手放してから数時間で目を覚ました。辺りを見渡すと黒がそばで立っていた。服を脱いだまま横になっていた状態で首だけ上げると、黒が近づいてくる。
「お前、よく寝るな…」
「あんたと会ってから散々な目に遭ってはがかりで、疲れてるんだ」
「痛みの少ない部位に入れれば良かっただろう‥」
黒は上体を起こした俺に毛布を投げてよこした。慌てて毛布で体を隠したが、それよりも刺青を入れた部位が痒い。熱を持ち腫れているように感じる。
「入れたところが痒い」
「掻くな‥感染症でも起こせば大惨事になる。腫れが引くまで熱が出るから安静にしていろ」
掻き毟りたくなる衝動に駆られるが、何とか抑え込み毛布に包まる。黒は食事を持ち床に跪いた。
「何か食え」
「この状態じゃ‥」
「仕方がないな…」
黒は俺の上体を起こすとソファの端に座り、膝の上に体を下した。膝枕に近い体勢のまま用意された食事を口にした。組織で食べた料理の中で一番質素な物ばかりだった。缶詰や即席の類だが黒自ら調理したのかと疑問に思う。
「黒が作ったのか?」
「‥管理人に作らせた」
「管理人?まだいるなら挨拶をさせてくれ‥」
管理人は料理やベッドメイキングなど掃除をして裏口から出て行ったらしい。未だ管理人と顔を合わせていない。心の中で感謝をして全て食べ終えた。黒が彫師から渡されたらしい痛み止めを恐る恐る口に含み嚥下した。
過去に催淫効果のある薬物を吸わされたことが今でもトラウマのようにフラッシュバックする時がある。薬を見るたびに危ない類のものではないかと不安が生まれてしまう。それもこれも全て黒のせいだ。
植え付けられた恐怖と体に与えられた快感の数々を思い出すと恐怖で死んでしまいたくなる。
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