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第7話 家族の帰還
船体から退避したあの日と同様に黒と俺はヘリに乗り、目的地へ向かった。船はすでに姿を消している。黒い煙も出ていない。断末魔や救助を要請する声も空中からでは聞こえない。
「もっと近づけないのか」
「これ以上は近づけない。ヘリが沈むぞ」
近づくことがかなわないまま、あたりを旋回しているとゴムボートをみつけた。一緒にヘリに搭乗している燈は双眼鏡を使い目を凝らしている。
「ボス、王と他3名を確認しました。怪我はしているようですが生きています」
「引きあげろ‥」
「御意」
燈は自ら命綱をつけてゴムボートへ降りていった。俺は何もできずただ黒の側で座っていることしかできない。自分の無力さを再認識した。
燈が生存者を引き上げ救助を終えて、ヘリはアジトへと向かう。
「ボス、ご無事でしたか」
「あぁ、貴様らも無事なようだな」
「えぇ、何とか…怪我はしていますが命に別状はありません」
黒の部下は裏切られたにも関わらず忠誠心を忘れずに本気で心配しているように思えた。ここまで人は誰かに付き従うことができるものなのか。
三人のうち俺は二人を知っている。拉致された日に弄ばれた男達だ。今更ながら気まずい…
「お前ら、こいつのことはよく知っているな…」
「あ、いえ…その…」
「一度しか…」
こちらに視線をよこした黒に睨まれて、男達は縮こまっている。一度だからと許されることではないし、一人は完全に無かったことにしようとしている。ヘリという狭い場所に逃げ場などない。
黒の追求の眼差しに何も言えなくなってしまった男達と同様に俺も助け舟を出してやれずだんまりを決め込んだ。今この状況で何か言おうものなら、黒が引き金を引きかねない。俺はそんな威圧感を纏っている姿を見つめ続けた。
生存者の帰還をねぎらう宴が執り行われた。黒は先程から上機嫌で酒を煽っている。俺はどうも輪に入る気にはなれずに壁の花を決め込んでいる。別段親しいと思えるものはおらず、自然と一人になったのだ。
来客の相手をする黒を目で追いかける。冷酷な筈なのに優しい一面もあり、貪欲で満たされることを知らない。仲間ですら信じようとせず、簡単に見捨てる。可哀そうな人だと、高笑いする黒を見ながら俺は思った。
矛盾を感じる黒の行動に翻弄されている自分、抗えないとわかっていても反抗してしまう自分、必要以上に人を失う事がトラウマになっている自分、いろんな姿をここに来てから発見した。
家族を失い、妹が行方不明になってから警察官として働いていても、ずっと抜け殻のような生活をしていた。そんな俺が今一番人間らしく生きていると感じている。そんな思いを抱えたまま、ワイングラスに目を移す。
「こんな所に居たのか」
「黒…もう相手をしなくていいのか」
「あぁ、一通りの挨拶は済ませた」
黒がいつもと違う香水を付けて近づいてきたので、声をかけられるまで全然気づかなかった。今の俺は完全に護衛として職務怠慢だ。黒の側から離れ、感傷に浸り自問自答している。俺の油断が黒の命を脅かす事になるとわかっているのに、どうしても側にいることが出来ない。
誰かに心を開くのが怖い。失ったら傷つくとわかっているからだ。黒はこんな風に思い悩むこともないのだろうか。彼の精神力は凄まじく強いからそんな事思いもしないだろう。
「あんたの側を離れていること…咎めないのか」
「咎めて欲しいのか。今のお前はくだらない。面白味に欠ける」
「…人を追い込むの得意だな」
「減らず口をきけるくらいには元気なようだな」
黒がニヤリと口角を上げて笑った。相変わらず人を見下すように見つめてくる。今の俺には言い返す気力はない。目の前のワイングラスを口につけて、俺は一気にそれを飲み干した。
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