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第8話 番犬の報復

突き刺さったナイフが傷口を抉る。アランは痛みに声を上げるが、正気は失っていない。凄い忍耐力だ。拷問にも耐えられるように訓練されているのなら、口は割らないだろう。黒は尋問するためにこうしているのか、単にこの状態を楽しんでいるのか背中を見ているだけではよくわからない。 「ぐぅ…黒璃秦‥お前にボスは見つけられない」 「貴様から聞き出してやる‥拷問はこれからだ」 にやりと口角を上げた黒は拷問を楽しんでいる。背中に嫌な汗が伝った。俺は今、黒の惨い行為に恐怖を感じている。彼を止める術を俺は知らない。ただ目の前の光景を突っ立って見ていることしかできない。 「何をされても‥絶対に言わない」 「何をされてもか‥くくくっ、これは頼もしいな」 黒はくつくつと喉を鳴らして笑い、爪にナイフを突き刺した。アランの悲鳴が俺の鼓膜にへばりついて離れない。異常な光景に目を覆いたくなる。 今すぐ逃げ出してしまいたいが、裏切ればどうなるかわからない。アラン以上に酷い目に遭わされるかもしれないと思うと足が竦む。それほど今の黒は残虐で、酷い。 「アラン・パティスト。貴様の爪すべてにナイフを突き刺し、次に指を切り刻んで行く‥いくら貴様でも、その痛みには耐えられないだろう」 黒の物騒な言葉にアランはそれでも睨み続け、抵抗し続ける。ボスを殺そうとした男がそれほどまでに憎いのだろう。片手の爪はほぼナイフで刺されて酷い様なのに、悲鳴をあげては挑発するような物言いで黒を牽制する。アランに跨り拷問をする黒がこちらを見てきた。 「ビルの上にいる奴を撃て…」 人の気配など全く感じたらなかったが、黒の命令通りビルに目を凝らして狙う。敵を無駄撃ちはしたが仕留めることができた。命令に従ったとはいえ、俺は人を殺した。 海上の抗争で俺は負傷させはしたが、仕留めるに至らなかった。黒はその時そばに居なかったお陰で追及されることはなかった。今は状況が違う。殺さなければ俺が黒に殺されてきたかもしれない。鷹翼になんの恨みもないが、生きるためには仕方がなかった。 黒はレオ・ベルナールの居場所を吐くことがないアランに役立たずだと判断したのか、頚動脈にナイフを当てた。 「期待はずれだ…」 ひどく残念そうな表情で一言呟くと黒は首を掻っ切った。呆気なくもたらされた死を受け入れたように潔く死んでいった。アランの頑な抵抗に黒が負けを認めたような。そんな気がした。 ナイフを床に捨て、スーツに飛び散った血を拭った黒と目が合う。鋭い眼差しは変わらないが、いつもより冷めているように感じる。 「近づくな…」 「ふん…さっさと車に乗れ」 近づいてきた黒に俺は反射的に拒絶した。先ほどまで人に拷問していた男が何の動揺も示さないまま、平然としていたことに恐怖を感じたからだ。俺の言葉に気を止めることなく黒は車に戻っていった。 拒絶しても護衛としての仕事は果たせという事なのだろうと思い運転席へ戻った。爆撃の影響を受けていなかった車にはすんなりとエンジンがかかった。 ルームミラー越しに黒をちらりと見ると、顔から一粒の汗を流していた。銃撃戦にはなったが、慣れっこな黒が汗など流すだろうかと疑問に思ったまま、アジトへとクルマを走らせた。

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