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第9話 首領の負傷

黒が負傷したことを燈から聞かされた。海上での戦いで攻撃を交わして無傷だったのに、なぜ今回は負傷したのか疑問に思った。あの時は俺が側にいなかったから、気にせず撃ち合いができたが今回は違う。背後に俺が居て、援護射撃していたからだ。足手まといで何の役にも立てなかった。護衛として盾にもならず、黒を負傷させた。 燈はベッドに座る黒に黙々と処置を施している。アジトに戻り負傷したことを黒から聞いた時、燈は俺を睨んだ。お前が怪我を負わせたと言わんばかりの眼差しで―― 手当てしている燈は本当に心配な表情で黒を見つめている。 「首領‥薬は使いますか?」 「いや、大した事はない。掠った程度だ」 「油断は禁物です。適切な処置をしなければ、化膿するかもしれません」 黒と燈の雰囲気はまるで兄弟か恋人のようだ。二人の間に何かある事は側で見ていてわかる。見ていられなくて俺は部屋を出た。 しばらくして燈が部屋から出てきた。そして俺を見てまた睨んだ。 「お前が護衛なんて俺は認めない。盾にすらなれない役立たずが!」 俺は頬を思いっきり殴られた。不意のことに真正面から受け止めてしまい、頬がひどく痛む。燈のいうとおり。護衛ならば首領に怪我をさせてはならない。 俺は拘束されて自分の意思で護衛に志願したわけではない。全て黒の命令で従っただけ。だからといって仕事を適当にしていいということにはならない。自分の中でどうしても折り合いがつかない。燈に殴られた頬を撫でながら、黒の居る部屋に戻った。 部屋の中に入るとベッドに横になり本を読んでいる黒の姿があった。珍しい光景を見つめながら、俺は側に寄った。 「痛むか」 「え、何で…」 「扉の前で殴られたら嫌でも聞こえてくる」 黒に聞かれていたとは思わず罰が悪い。俺の力不足のせいで負傷したのに黒は咎めてこない。役立たずだといって切り捨てられるかと思っていたのに。 「怒ってないのか…」 「私を拒絶したことか?」 「違う!俺があんたを守れなかった事だ…」 思わず大きな声を出してしまった。黒は本を閉じてこちらを真っ直ぐに見つめてくる。 「初めから貴様に護衛が務まるとは思っていない」 「なら何故、危険だとわかってて俺を護衛にしたんだ」 「護衛が居ても死ぬときは死ぬ、人生はそんなものだ」 期待もされてないのに護衛という重要なポジションを任されたのかわからない。俺が情夫として扱われることを嫌だと思っていると察したから、気を紛らわせるためだったのかもしれない。 「俺に命を預けるつもりは無いなら、燈を護衛にするべきだ。彼の腕前はあんたが一番知ってるだろ」 「燈は過保護すぎる。窮屈だ」 そんな理由で首領を慕っている相手を遠ざけている。大切に思われてる自覚が黒には無いんだろう。 「窮屈より、命の方が大事だろ」 「命よりも大切なものが貴様にあるか?」 「妹だ」 命より大切なものの為に冷酷な男になってしまったなら可哀想だ。愛を知らないのはとても辛い。 「手に入れたいものの為なら命など惜しくはない」 「手に入れたいものって何?」 「全てだ」 全てというのは何なのかわからない。金や地位や領土だとしたら、あまりにも虚し過ぎる。命をかけて守りたいと思う人は居ないのだろうか。 「命をかけても守りたいと思える人は?」 「そんなもの必要ない」 「…愛した人くらいいるだろ‥」 黒にも心から愛した人はいたはずだ。その人とのことが原因で変わったのかもしれない。ただの憶測に過ぎないが、俺は直感的にそう思った。 「貴様はどうだ。命をかけても構わない思えるほど愛した者はいるか」 「ちゃんと居た。でも俺から手放した」 俺にも愛した人はいた。でも妹を探すまで幸せになることはできないし、探すことを諦められない。だから俺から別れを切り出した。彼女からしたら最低の男だろう。 妹を捜索することに囚われた俺と一緒に居ても幸せにもなれない。 「目的の為に犠牲はつきものだ。恋人も例外ではない」 「あんたは恋人を失ったのか?」 黒は俺の問いかけに返事を返すことはなかった。過去の出来事が元で人は非情にも愛情深くもなれる。黒は前者だろう。いつか彼の過去を知ることができたら、包み込むことができるだろうか…俺はそんな事を考えていた。

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