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-番外編- 帝王の過去
彼女は庭に咲く花々を愛でて、俺が来るのを待っている。庭師の手が行き届いた庭園で待ち合わせするのが俺たちのおきまりのパターンだ。
いつもの場所で待っていてと言えば何処だかわかる位に定番化している。
「待たせたか。時間に遅れてすまない」
「ううん。いいの、仕事だったんでしょう?」
「あぁ、首領に呼ばれていた」
代々マフィアの家系である俺の家族を受けいれてくれた欣怡 と最近婚約した。恋人として数年付き合った後、今年の誕生日にプロポーズをした。今は入籍の日取りを決めているところだ。
兄を差し置いて継承権第1位を得た俺はいずれ首領になる。その為に父親に連れられ忙しい日々を送っている。
欣怡は今の立場を理解して入籍を急かすことはしない。申し訳ない気持ちを抱きつつ、俺は欣怡とのデートを楽しんでいる。
「呼び出してごめんね。顔見たくなっちゃって…」
「構わない。俺も欣怡に会いたかった」
欣怡の素直なところは可愛げがある。しっかり者で自立しているがおっちょこちょいなところがあって、そのギャップに魅了された。
互いに距離を詰めて、抱きしめあう。こうやって互いの体に触れ合ったのは久しぶりだ。恋人としてすることはしているが、夜一緒にいられる時間が少なくなっていた。欣怡の仕事も忙しいらしく、帰ったらすぐに寝てしまうようだ。無理やり一緒にいることはせず会える時に会うようにしている。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。いつもそうだ。ここで会って話す1時間は息をするより早く感じる。
あまり遅くなる前に欣怡と別れた。たった1時間だったが俺にとってはかけがえのないものだ。
欣怡と夜の営みをしなくなってから二ヶ月は経つ。急激に俺の仕事が忙しくなったのがきっかけで、会えない日が多くなり婚約していても良からぬ想像をしてしまう。
欣怡は別の男と浮気ができるほど器用ではないはず。そう安心しきっているが彼女は魅力ある女性だ。可能性はゼロじゃない。
確信がないまま嫉妬心を抱えて眠れる気がせず、夜風に当たるために部屋を出た。廊下には護衛だけで他に誰もいない。真夜中なのだから当たり前のことだが、静けさが虚しさを煽るようだ。
庭まで歩き近くのベンチに腰掛けた。 遠くから女性の影が見える。雰囲気が欣怡に似ている。目を凝らして見れば見るほど本人そのものだ。何処かへ足早に向かおうとしている彼女を尾行することにした。違っていればそれでいい。不安な思いを抱えずに済む。そうすればきっとよく眠れるだろう。
足音を立てずに尾行したら、兄の部屋に入っていった。こんな時間に兄と何をするつもりだ。いつもなら夜風をあたろうなど思うことがなかったから気づかないままでいるところだった。
分厚い扉越しに聞き耳を立てる。何か話しをしているが内容までは聞き取れない。しばらくの沈黙のあと、ギシギシとベッドが軋む音がした。
俺のこういう勘は鋭い。欣怡の息遣いと兄の息遣いで何をしているのかすぐにわかった。疲れているからと俺の部屋には来ず、兄と肉体関係を持っていた。
欣怡と夕方会った時、そんな雰囲気はなかったし異変も感じ取れなかった。俺が忙しいせいで寂しい思いをさせてから、慰めて欲しくて兄の部屋に転がり込んだのだろうか。勝手な憶測だがここ二ヶ月間に何度もこういうことがあって、俺の部屋に来れなかったのかもしれない。
本人から事実確認は何も出来ていない状態で確信するには気が早い。きちんと調べてか
らにしなければと思い。そのまま壁越しに2人の行為に聞き耳を立て続けた。
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