41 / 76
第14話 与えられる恐怖
一息ついたがこれで終われるはずもなく、体は浅ましく怒張している黒を求めている。黒はわざとなのか触れてこようとはしない。もどかしい気持ちを抱えたままだ。
「黒‥」
「なんだ」
「我慢できない」
「ふん‥ならば自分で解して私をその気にさせてみろ。そうしたら貴様の欲望を満たしてやらんでもない」
そう言った黒の瞳は獲物を捕らえた鮫のように鋭く、逃さないと言われているかのようだ。俺はこの目に弱い。抗えない。
自分で解した経験はなくとも黒にされてきた事を思いだせば出来るかもしれない。仰向けのままこちらを見つめてくる黒に見えるように尻を突き出した。四つん這いの恰好は恥ずかしいが、そんな事その内どうでもよくなる。
人差し指に唾液を塗して尻蕾をくすぐる。塗り込んだ後、ゆっくりと中へ入れていく。押し広げられていく感覚は独特だ。
「ッ‥あ…」
いつもされる黒の指のように的確な場所に届かずもどかしい思いを抱えたまま、呼吸が荒くなる。四つん這いで獣のように快楽に飢える様が黒にどのように映っているのか気になり其方に視線を向ける。
黒は足元で行われている痴態に興奮していなかった。それより熱を帯びていた瞳がすっかり冷めきり、飽きているようにも見える。このままでは中断されてしまいかねない。もっと乱れるにはどうしたらよいのかわからない。
「黒…ん、あんたのが…」
「色気の欠片もないんだな。まぁもともとそういうのとは縁遠い職業だったのだから仕方がないか」
「仕方がないだろ…男娼みたいに…調教されてないんだ」
一筋の涙が頬を伝う。なぜ泣いているんだ。黒に飽きられてしまった事が悲しいのかもしれない。そんな風に思っていると黒がサイドボードから液体の入った瓶を取り出した。
「な、なんだそれ…」
「私がお前を調教してやる。そのために必要な潤滑油だ」
「っ…そんな‥」
「嫌なら終わりだ。貴様以外にも相手には困ってない」
吐き捨てるように言われた言葉は冷たかった。興味をなくしたら最後、二度と黒が俺を見てくれることはなくなるだろう。
他にいくらでも相手がいることは事実。そんな者たちは男娼としての経験値があり満足させられるはずだ。勝ち目はない。
ここで覚悟を決めて心も全部捧げなければ側にある銃口が簡単に此方に向いてくるだろう。護衛としての役割も果たせないんだ。役立たずを組織に置くとは思えない。
「俺はどうすればいい?」
「…ただ快楽に従順になればいい。そしてどうされたか忘れるな」
「わかった」
「いいや、貴様はわかってない。体だけじゃない心も全て明け渡せ。従うふりは止めろ」
バレていた。予想はしていたが黒は鋭い。沢山の修羅場を乗り越えてきた男だ。此方の企みなんて簡単に暴かれてしまう。
真っ直ぐに黒を見つめた。
「わかった。首領に従う」
「貴様の薄っぺらい忠義は簡単に見破れる。無理やり従わせることも出来るということを忘れるな」
「無理やり?」
「これを使うに限る」
黒は怪しい注射器をちらつかせた。中身が何なのか言われなくても察しがつく。麻薬の類だろう。やはり組織内では簡単に薬物が横行しているようだ。そんなものを使われたら最後、中毒に陥り抜け出せなくなる。
警察官としてそういう者を何人も見ていた。末路も知っている。自分がそうなるなんて微塵も思っていなかった。注射器が腕に宛がわれる。
「それだけは…や、やめてくれ…」
「ならば己の野望なんて捨ててしまえ」
「どこまでも見抜いているんだな」
「貴様の考えは簡単だからな」
怯える俺の事を愉しむようにわざと血管に針を突き刺してきた。あとは黒の匙加減一つでどうにでも出来てしまう。このままではマズい。
「や、やめて…くれ…」
「本当に怯えている顔は良い。とてもな…」
「頼む。なんでもする。言うことを聞くから…薬だけは使わないで下さい」
酷く冷めきって無表情な黒が怖くて怖くてたまらない。だから懇願することしかできなかった。これならまだ鎖でつながれて飼われているほうがましだ。
薬で自我を奪われたら俺は俺のままではいられない。
「薬はお前が思うほど悪い物じゃない。苦しみや痛みから解放される」
「いやだ。やめて…ください」
涙でグズグズになる。どれだけみすぼらしくてもいい。薬物中毒者にならずにいられるのなら――
ともだちにシェアしよう!