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第18話 首領の失踪

男は黒を拘束したままこちらを恫喝するような言葉を投げ、その場を立ち去って行った。取り残された俺と燈は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。また大切な人を守れなかったんだ。そう思えば思うほど自分の無力さを感じた。 裏口から侵入してきた他の組員たちに事情を説明し一旦撤退することを余儀なくされた。今は鷹翼のボスよりも我らが首領の方が何倍も大事な存在だ。態勢を整えて必ず救出に向かう。必ずこそ取り戻したい。 今は組員たちと一緒に俺はアジトの会議に出席している。今後の作戦を練る為だ。一人ではみ出した行動をとるわけにはいかない。足並みそろえて完璧に作戦を遂行せねばならない。 「準備が整い次第スパイと連絡を取り首領の居場所を探らせろ!何としても見つけ出す…」 燈の言葉に皆士気を高め準備を急いだ。簡単に死なせないと言っていた以上すぐに命を奪われることはないだろうが不安はある。誰かに蹂躙され肉体的な関係を強要されることもあるだろう。そんな状況で黒はどう掻い潜るのだろうか。すんなり股を開き体を明け渡すのは考えににくいが、可能性はゼロじゃない。 自分の野望の為ならどんな手でも使う男だ。野望を打ち砕かれない為なら何でもするだろう。考えにくいことだが鷹翼に寝返るなんてこともないわけじゃない。側に黒がいないことがこんなに不安だとは思わなかった。 「周、今はその殺意はしまっていろ」 「え…」 「気づいてないのか?お前の目は今までに見たこともないくらい恐ろしいぞ。睨まれただけで殺されかねない勢いだ」 「…お前はどうやって殺意を飼いならしているんだ!俺には無理だ…」 燈に当たり散らしてしまう。統率をとらなければいけない状況なのは百も承知だ。それでも自分の怒りをぶつけざる得なかった。会議室を駆け出し、俺は黒と一緒に過ごした寝室へと入った。 シンっと静まり返った部屋を見渡せば見渡すほど過ごした日々が次々と溢れるように思い出した。ふと目に留まったのはアンティーク調のデスクだ。いつも置かれていないはずの物があった。そっと手に取る。 「これ…写真…」 そこには普段なかった写真立てが置かれていた。優しく微笑む黒と嬉しそうに左手の指輪を見せつける彼女の姿が映っていた。こんな風に笑う黒を見たことがない。俺には見せることのない笑顔だとしたら悔しい。今は亡き彼女には永遠に勝てないんだと知ったからだ。 夕飯前に何度かドア越しに燈が話しかけてきたが冷静になる時間が欲しいと言って断り、ずっと部屋に籠ったままだ。気づくと外はすっかり日も沈み代わりに月が出ていた。 ベッドに潜りこんでも眠気が沸いてくることはない。安心して眠ることも出来なくなっていた。黒の隣にいるときだけが唯一安心できる場所だったようだ。 「黒…」 何度名前を呼んでも返ってくることが無い。こんなに空しい夜はいつぶりだろうか。そして次から次へと沸いてくる涙。ここに来てから泣くことはなかった。どれだけ酷い仕打ちを受けたとしても泣かないくらいの図太さはあったはずだ。涙腺が一気に破壊されてしまったみたいに際限ない。 「っう…ぅ…く…」 寝具の温もりとしみ込んだ黒の匂いを嗅いでいると涙以外に体が熱くなるのを感じた。こんな時なのに俺の体は浅ましく熱を吐き出したいと望んでいる。 下着に手を突っ込んで勃起し始めたそれを握った。ここ数日黒と肉体関係は結んでいなかったせいか、先走りがすでに溢れている。 「…う…ぁ、ん…」 こんなところで図太さを発揮してくれなくても良かったのにと思いながらも余裕なんて簡単になくなってしまう。今夜の俺は余裕なんて微塵もない。 黒に触れられた感触を思い出すように何度も自分のものを扱いた。強弱をつけ、時折焦らすように動きを止め、先端をくすぐる様に触ったりした。黒に見つめられる視線を思い出すだけで簡単に達した。 「っあ!…んん…ッああ!黒…も、イく…ん…」 息を整えながら手に付着した自分の精液をふき取り、シーツのシミを見つめた。こんな風に自分の体を慰めても虚しいだけだ。失った現実は変わらない。 あの時の後悔ばかりが募り、いずれはそれが敵に対する殺意に変わるのだろう。自分が殺意なんて抱くことはないと思っていたが、冷静で居られる自信はない。 黒が普段使っていた枕をかき抱き、恋しい思いを満たす。体に回った愛という毒はもう抜けることはない。麻薬やヘロインのような違法薬物よりもタチが悪い。知らぬ間に惚れてしまっていたのだから――  

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