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第23話 帝王の復活

しあわせな時間はあっという間に過ぎ去る。コテージでの療養から約半月が経過し、アジトへと戻った。ゆっくりのんびり過ごす生活も良かったが、いつまでも現実から目を離しているわけにはいかなかった。 脱皮したように回復した黒は調子を取り戻しいつも通りになった。ただ一つ変わったことがある。俺を護衛ではなく恋人として側に置いている事だ。 「珈琲が入ったぞ」 「ん、ありがとう。…っいたたた」 「昨晩は張り切りすぎたからな。腰大丈夫か?」 労わるような言葉をかけてきた。今までなら絶対にありえないことだ。甘い珈琲を淹れてくれるのも以前ならないことだった。濃い珈琲は淹れてもらったことはあったが、こちらの好みに合わせて出してくれたことは無かった。 「大丈夫じゃない…」 「お前から強請ったんだろう。欲しい欲しいと何度もな」 「だとしても少しくらい加減してもいいだろ」 そんなに求めては無かったはずだ。でも本当のところは覚えてない。最中はそのことばかりを考えて余裕がなくなる。 絶倫王の黒は昨晩も何度も何度も俺の中に吐き出しては復活しての繰り返しだった。 「無理だな。煽るやつが悪い」 「煽ってない」 「尻を振り乱してねだる姿は煽ってないというのか」 「…それは」 たしかに振り乱していたかもしれない。でもそれは焦らしてくるせいだ。黒とのセックスは気持ちいい。以前は無理やりが多かったが、今はこちらから求めることもある。もちろん誘い方はいまだに上手くならない。その度に下手くそだと言って笑われる。それでも以前のように腹立たしくは思わない。 「随分淫乱に育った」 「だ、誰のせいだと…」 「私だけのせいか?強情に屈しようとしなかっただろう」 極悪非道の破壊の王を愛する日が来るなんて微塵も思わなかった。だから頑なに心だけは明け渡したくないと思ったんだ。 今の関係は恋人と称しているが、黒から面と向かって告白されたわけではない。自然とそういう形に収まった。 黒がいなくなった日から眠れなかったのは少なからず何処かで好意を寄せて居たからだ。嫌いで気にも留めていない相手が居なくなってもそうはならないだろう。 再会した時は気が狂いそうなくらい嬉しかった。これが惚れているものの行動なら全て辻褄が合う。 そう俺は黒が好きだったんだ。自覚したら簡単だった。それから黒の薬物を抜くために辛い思いをした。でも嫌いにはなれなかった。それで今に至っている。 「俺は黒が好きだ。今なら言える…」 「ふん、調子のいいヤツめ」 「黒はどうなんだよ…」 甘い言葉を言われたことがない。好きとか愛してるとか言わないだろうと想像はしていたが、時々虚しくなることがある。 期待に満ちた目で見つめていると、先ほどまで合っていた目が逸らされてしまった。 「私は…」 「あ、やっぱり…無理に言わなくていいよ」 黒が何か言うよりも早く話題を終わらせた。悲しそうな苦しそうな顔をされたらこれ以上求めてはいけないんだと思ったからだ。 「最後まで聞け…」 「え?」 「好きでもない奴を優しく抱いたりはしない。ただ私が愛して良いのかと思う時がある」 「どういうこと?」 愛するのに資格はいらない。好きだと思ったら伝えていいはずだ。それなのに何故苦しそう表情をしているのか。過去に何かあったことは察しがついてる。それがどう作用して今の黒ができたのか正直わからない。だって何も知らないから。 過去を語ろうとせず硬く閉ざされた部分がある。あえてそこを突こうとは思わない。 「…愛した者は死ぬからだ」 「だからって愛することをやめちゃダメだ。人はいつか死ぬ。その時幸せでいられる為に、人を愛してよ…」 「愛する者に裏切られるのは嫌なんだ…」 黒の瞳が揺れ今にも泣きそうな顔をしている。俺はおもわず手を伸ばして抱きしめた。愛するものに裏切られ歪んでしまった結果、破壊の帝王が生まれたのだろう。 何の抵抗もせず抱きしめられている黒はいつもより小さく思えた。心に傷を抱えたまま誰にも弱みを晒さず生きるのは辛かったはずだ。 「俺は裏切らない」 「どうやってそれを証明するんだ」 「どんなことをされても俺は黒のそばを離れなかった。それが証明だよ」 「……私は…周が好きだ。好きなんだ…」 されるがままだった黒が強い力で抱き返してきた。あまりの強さに息がつまる。 紡がれた言葉に心が潤った。孤高の王に好きだと言わせた。俺は世界で一番の幸せものかもしれない。 「俺も黒が好き。大好き」 「…もう離してやらない。このまま死ぬまで抱きしめてやる」 「それは日常生活に支障をきたすから」 「私は独占欲が強いんだ。恋人になったらもう逃げられないと思え」 そう言いながらも腕を離してくれた。そのかわりにキスを落とされる。今までのどんなものよりも優しかった。  

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