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第25話 素の姿
何回黒の精液が中に吐き出されたのかわからない。そのくらい互いに愛し合った。従わせる為や侮辱し蔑むためではなく純粋に心を通わせた。褒美を欲しがられたのは初めてだ。
よく考えてみるとこちらから何か贈り物を与えたことはなかった。出会い方が最悪だったから。でも関係性は案外簡単に変化する。
今もこうやって隣では安心しきって眠る黒を眺めていられる。寝顔の時だけは少しだけ幼さが残っている。まだまだ知らない事だらけだが、今後来るであろう本当の最終決戦の前に聞いておかなければならない。
「黒…」
「ん…便所か?」
「あ…起きてたの」
「私は眠りが浅いと言っただろう」
熟睡していると思って顔に手まで添えてしまった。開かれた瞳で見つめられ恥ずかしくなる。相変わらず左目は義眼だけど、俺にだけそれを晒す。愛されていると自惚れても良いだろうか。
「ごめん、寝て…」
「いや…そろそろ5時だろう」
「うん。でもたまには遅くても良くない?」
「いいや、習慣は簡単に変えられない」
黒はもそもそと動きベッドから出て行った。いつも俺を一人にする。でもやることはわかっている。珈琲を淹れるためだ。とびきっきり甘い俺好みの珈琲。それをベッドで待っている。いいや、違う。正しくは散々蹂躙されて動けない。体がピクリともしない。勿論自分で選んだことだがこうも濃厚すぎると俺の体は持たない。
抱くほうも消耗しているはずなのに黒は何事もなかったようにピンピンしてる。肌艶が良く見える事すらある。今日も寝不足ではなさそうだ。ショーツスリーパーが居ることは分かっていたが、身近に居るとは思わなかった。
黒が2つのマグカップを持って戻ってきた。黒いバスローブを纏って。でもやっぱり長髪の面影はない。短髪をオールバックにして左目には黒い眼帯。髪が短くなっても色気は変わらない。むしろ倍になってる。だから少し心配だ。
「ほら淹れてきた。座れるか?」
「…手貸して」
「掴まれ」
差し出された手を取る。引き上げてもらいようやく座ることが出来た。そしてとびっきり甘い珈琲を口にする。黒は糖分の摂りすぎは感心しないというのに好みに合わせてくれる。糖尿にならない様に気を付けているつもりだ。でもこの珈琲を飲む一時は特別だから。
黒はベッドサイドに腰掛けてこちらを見物している。特に会話はない。それでいい。言葉を必要としない時もある。切り出すなら今かな。
「ねぇ、黒」
「なんだ」
「どんな幼少期だった?」
「出生の話なんてくだらないぞ」
黒はすこし計り兼ねているようだった。どんなことでも知りたいと思うのはいけない事だろうか。愛する者の過去も全部知ってそれも含めて愛したい。この考えは歪んでいるのだろうか。
くだらなくてもいいと伝えたら黒は珈琲をサイドテーブルに置いた。
「…幼少期から厳しく育てられた。大した遊びも知らなかった。ただこの組織を継ぐためだけに生まれ、楽しみや喜びとは無縁で友人と呼べるもの一人としていなかった。いや…今もいない。友人の作り方すらわからん。金で何でも解決してきたからな。でもその考えは違っていたのかもしれないな」
「どういうこと?」
「心は金では買えない。買えたとしてもそれは金に群がっただけだ。それを知れたのは欣怡 と出会ったからだ。初めて愛おしいという感覚を知った。教えてくれた。でも心は手に入れられなかった。やり方を間違えたのかもな‥」
「黒…」
友人はなってくれと言ってなるものではない。自然と一緒に居て時間を共有する内になるもの。黒は不器用だ。そういうことを教えてもらえなかった。それが歪んだ原因。そして彼女を失ったのが決定打になった。
貪欲で飢えているのは満たされた経験を知らないから。心が未だに乾ききっているのだろう。俺に出来る事はあるだろうか。考えても何も浮かんでこない。
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