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第25話 素の姿
「こんなこと聞いても楽しくないだろう」
「いいや。聞けて良かった」
部屋の雰囲気は決して良くない。でも知りたいことは知れた。勿論いくつか掻い摘んでいるだろうが、それでも話してもらえないと思っていたから嬉しかった。
黒の手を握りしめると驚いた表情でこちらを見てきた。俺は全て捧げる。彼が不安にならないように。
「以前から思っていたが、お前は変わり者だな」
「黒。君は特別じゃない。傷も負うし血も出る。心に痛みも感じる。普通の人間だよ」
「破壊の王で無慈悲で冷酷であっても普通といえるのか?」
「普通だよ。ただ知らなかっただけ」
黒は幼子のようだ。世間を渡り歩く術を知らずオムツを穿いたまま野に放たれた獣。その中でも特に愛を知らない。そして知ったと思った愛は無残にも壊れてしまった。
枯渇してしまった心を満たすために何が出来るだろうか。いや…何もできないのかもしれない。それでも1つだけ。もう一度失うことがあれば今度こそ黒の心は壊れて二度と形を持たなくなるだろう。
「お前…」
「ごめん。こんなこと図々しいよね」
「いや、ありがとう。今まで自分の事をよくわかってなかった。凶暴的な部分があるのに安らぎを求めて彷徨う、まるで赤子みたいだ」
黒の口からありがとうの言葉が出たのは後にも先にもこの時が初めてだ。そして自分を赤子と称した。破壊の王が己の弱さを認め受け入れた。
彼はこれから脱皮した蛇よりも進化し強くなるだろう。急には変われなくても、選ぶ答えは変わるはずだ。
家族を脅かす存在ではなく大きな懐で受け入れて信じる。そうなればこの組織は怖いくらい立派に進化するだろう。
「俺強くなるから」
「急になんだ?」
「黒と肩を並べて背中を任せ合えるくらいに強くなって見せる」
「対等ということか…」
黒はふっと優しく笑った。こんな穏やかな顔はいつぶりに見ただろうか。いつもは眉間に皺を寄せて恐ろしいオーラを身に纏っていた。ダークサイドに堕ちていた。
それでも誰かが手を差し伸べれば人は変われるはずだ。俺はそう信じてる。
「対等な関係は嫌かな」
「初めてだ。肩を並べたいなんて命知らずは今まで居なかったからな」
「俺も初めてだよ。こんな風に思える人いなかった。黒愛してるよ」
素直に言葉が出た。恥ずかしさなんて全くない。堂々と言えてしまったんだ。
黒は固まり動かないが瞬きだけはちゃんとしている。何を考えているのか読めない。
「‥‥」
「黒。いいよ‥今はまだ‥」
「…すまない」
心の理解がまだ追い付いていないのだろう。洞察力や強さは持ち合わせていても、心はそれと同等ではない。数十年生きてきたやり方を180℃変えるのは難しい。俺だってそうだ。
未だに妹を救うことは見つけることは変えられない。
「…周。お前は…いい男だな」
「そんなことない。俺は根性なしのひ弱な男だよ」
「時に弱さが強さに勝るときもある」
弱いからこそ対策を考えて強い者に勝とうと努力する。でも強き者はおごり高ぶり天狗になる。強さしか持ち合わせない者には必ず隙が出来る。弱い部分を認められず受け入れられていないから。
俺も弱いから強くなろうと努力する。きっと彼に並んで見せる。
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