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第26話 進化する鮫牙

1日が短すぎる。もう夕食の時間だ。皆同じ部屋で長いテーブルを囲んで食事しているが俺と黒だけは円卓に2人だけ。 「ふぅ、腹減った」 「沢山食え。だが食いすぎて太るなよ」 「太らない。燈のスパルタ訓練を受けてて太るほうが変だよ」 「相当あいつに扱かれているんだな。軍人仕込みの訓練だから警察官のそれと非じゃないだろう」 黒の言葉に嫌味は一切含んでいない。穏やかで落ち着く声色。目が回るほど忙しいのに余裕そうだ。体力や忍耐において黒は化け物レベル。それにいささか楽しんでいるようにも見受けられる。 脅威でなくなっても凄さは変わらない。羨ましく感じるほどだ。 「黒って元軍人とか…」 「親父に試練の一環として入れられた。除隊するまで4年以上訓練と実践経験を積んできた」 「実践?」 「実際に戦争で人を殺めたということだ…」 思わずナイフを動かす手が止まった。父親が戦争に行かせて殺させたようなものだ。そうやって殺戮兵器を生み出そうとしたのだとしたらとても醜悪だ。愛や慈悲の欠片もない。 後継ぎを得るためだけに黒の心を無視した。押し殺し耐える術を学ばせた。こんなことは思いたくないが、最低な親だ。   「辛くなかったの」 「辛かったさ。躊躇ったし泣きそうになった。それを抑え込んで無感情になる様に務めた。そう望まれて居たからな」 「俺なら耐えられない。逃げ出してしまう」 「逃げ出せば存在価値がなくなる…と思っていた。父は子供が欲しかったわけじゃない。後継者が欲しかっただけだ」 あまりにも酷すぎて何も言えなくなってしまった。存在価値はそんなもので決まらない。逃げることが許されない世界でただ破壊させるためだけに生み落とされた。 生まれた時から生き地獄を味わい続け、彼の心はどんなものよりも硬く閉ざされ鍵を何十にもかけられた。 「黒が一人で背負う必要はなかったのに…」 「兄は使い物にならないと見限られていたらしい。だから私しかいなかった」 「お兄さん居たの?」 「あぁ…」 なんの感情も含まれていない返答に兄との不仲が伺えた。兄弟は二人で黒がすべて背負ってきた。逃げ口等ない地獄。火あぶりにされるより辛い。いっそ死んでしまいたい。そう願ったこともあったかもしれない。それでも傷だらけのまま生き続けてきたお陰で今がある。 黒の父親に感謝なんて微塵もしない。でも生きていてくれて良かった。 「…お前は妹だけか?」 「うん…」 「見当がついている」 「え、居場所に心当たりがあるの?」 黒に聞きたかったことだ。彼が拉致したと思っていたから。でも見当ということは張本人ではないみたい。それでも望みある情報を持っているに違いない。黒が今度はナイフを置いてこちらを見た。 「…おまえの妹の為にも今度の抗争には勝つ以外にない」 「何処に居るの?この島なら‥危ないよね!保護しないと」 「いいや、この島には居ない。これ…沈恋に手に入れさせた」 黒がジャケットの内ポケットから紙を取り出して渡してきた。背景は娼宿だ。でもその前で笑顔を振りまき客引きをしている女性。まだ若い20過ぎだろうか。だとしたらちょうど同じ年齢だ。 「これが妹」 「メイと名乗らされているらしい」 「…生きていた。ちゃんと…」 「欲しかった情報だろう」   写真を撫でて確かめた。妹の生存を確認できたことで涙が急に溢れてきた。無意識な涙だ。 離れた時はまだ小さかった。それが今では成人を過ぎた立派な女性だ。服装のせいか色気も感じる。娼宿で働いていたとしても生きていてくれさえすればいい。 「…有難う。嬉しい。肉親は春麗(チュンリー)だけだから」 「すぐにでも助けたいだろうが簡単じゃない。あの娼宿で娼婦を身請するには相当な額がいる」 「今の俺の給料じゃ無理か…」 「それもあるが…今抜けられるのは痛手だな」 人数は応援含めて十分居る。それでも引き止めたいのは個人的な感情が含んでいるからだろうか。黒が俺を必要としている。側から離れたくはないのかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。 「黒、手紙はダメかな?そのくらいなら許されるよね…」 「まぁ、そのくらいなら手配してやる。それにあの娼宿の扱いは悪くない。良い待遇と言える」 「そうなの?そこまで調べてくれたんだ。俺いかないよ。行くとしても抗争が終わってから黒と一緒に行きたい」 「私も一緒に?」 どちらも大切だから失いたくない。二兎を追う者は一兎をも得ずというが欲張って何が悪い。他のどんなものを犠牲にしてもかまわない。黒と春麗だけは失いたくない。そのためなら抗争に勝たなければならない。 これで億劫に感じていた訓練にも身が入りそうだ。 「うん。黒は俺の愛しい人だし、春麗も妹で家族だから」 「…なら必ず勝てるように入念にしなければ」 「俺も頑張るよ。この写真もらっていい?」 「あぁ、もちろんだ。その為に沈恋に用意させた」 俺の今一番欲しい物を手に入れてくれる男。こんなにいい男だったかな。でも俺の為に何かしてくれたのは嬉しかった。肌身離さず持っていよう。 見るたびに強くなれるし、訓練にも耐えられそうだ。黒からのサプライズプレゼントは今までの誰よりもどんなものよりも最高のものだった。

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