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第2話『9日間限定の恋人』(1)俊哉×凪彩

〜side.俊哉(としや)〜 俺の名前は永坂(ながさか)俊哉(としや)。 誕生日がくると30歳になる、どこにでもいる銀行員だ。 就職と同時に始めた一人暮らし。 古くて狭くて駅から遠いアパートだけど、静かで窓からの景色がいいから気に入っている。 そんな部屋でソワソワしながらインターホンが鳴るのを待っていた。 19時ちょうどにピンポーンと響く電子音。 来た…! 最後に身だしなみを確認して玄関へ向かう。 「ただいま、(とし)くん」 ドアを開けた俺の姿を見ると、ニコッと微笑んで抱きついてくる凪彩(なぎさ)。 「お、おかえり…。な、凪彩…」 「モジモジしてどうしたの?変な俊くん」 凪彩は不思議そうな顔をしてから目を閉じる。 俺からの『おかえりのキス』待ちだ。 「キ、キス…。そうだな、よし」 手の震えを堪えながらそっとキスをすると、凪彩は嬉しそうに微笑んだ。 「遅くなっちゃったからハンバーグ弁当買ってきたよ。すぐ温めるね」 凪彩はそう言ってキッチンへ。 俺は凪彩の可愛いキス顔や、唇の柔らかさを思い出してニヤニヤする。 可愛い凪彩は俺の恋人だ。 今日から9日間、期間限定の俺の恋人。 ───事の始まりは、高校時代からの親友の佑樹(ゆうき)と飲んでいる時だった。 仕事の話や、たわいもない事を話していた時にふと思い出したように佑樹が切り出した。 「なぁ、俊哉。これ知ってる?」 佑樹が見せてきたスマホ画面。 「派遣…恋人?」  佑樹の話によると、このアプリに登録された好きな子を選んで契約すると、その子が客のオーダー通りに恋人として振る舞ってくれるサービスらしい。 3時間コース、1日コース…と、内容は様々で最長9日間。 3時間コース以外は客の家で寝泊まりもしてくれるそうだ。 「恋をしてみたい、ときめきが欲しい、話し相手が欲しい。そんなあなたのお悩みをぜひご相談ください…ね。大丈夫なのかよ、これ」 そんなアプリ怪しいにも程がある。 体裁のいいデリバリーヘルスの類だろう。 もしかしたら言いがかりをつけられて法外な金額を取られるかも知れない。 しかも初対面の奴と同居するなんて物騒すぎる。 「客のオーダー通りなんて、言いなりと一緒だろ?恋人はお互いを認め合ってる対等な関係であるからこそ恋人なんだ。これはそもそものスタート地点からズレてる」 「相変わらず俊哉は頭が堅いな。世の中には色んな関係性の恋人がいるんだ。その辺りのさじ加減もオーダーできるんだってさ。俊哉ももう3年だろ?リハビリがわりにどうだ?」 「リハビリって…、別に俺は…」 そう、それは3年前の出来事。 俺は婚約中の相手にフラれた。 理由は性格の不一致。 俺は上手くいっていると思っていたから、突然の別れ話に驚いて…。 一生守ると決めていた相手がいなくなった喪失感。 未だに俺の何が悪かったのかがわからない。 そんな状態だから次の恋ができる訳もなく、ぼんやりしていたら3年たってしまった。 その間にも少しずつ周りの友達が結婚して、親になって。 早くに結婚を決めた後輩の結婚式に呼ばれる事もあって。 周りが次々と人生の転機を迎える中、俺は会社と家を往復する淡々とした毎日を送っていた。 「俺さ、この前興味本位で3日コースを頼んでみたんだ。好みの子が俺好みの恋人を演じてくれるから毎日本当に楽しくて…」 「待て、佑樹。今何て…?」 いくら恋人いない歴が長いからと言って、そんな怪しげなサービスに手を出す奴だとは思わなかった。 会う度に口癖のように言っていた『恋人が欲しい』は、『やぁ、元気か?』みたいな挨拶と同じようなものだと思っていたが、どうやら切実な願いだったらしい。 「派遣恋人最高だぞ。何を話しても楽しそうに笑ってくれるんだ。いつも誉めてくれるし、辛い時は励ましてくれる。疲れた時はマッサージもしてくれるし、エロい事もさせてくれるし…」 「エロい事…?まさか…手を出したのか?」 「そんな汚い物を見るような目で見るなよ。ちゃんと契約の時に話もしたし、当日も同意の上だし、酷い事もしてない。慣れてるから感度もいいし、フェラも上手いし、何より好みの顔が好みのプレイしてくれるから病みつきだぞ」 嬉しそうに語る佑樹は本当に楽しそうだ。 よほどいい思いをしたに違いない。 そんなに…すごいのか…? 「試しに俊哉も頼んでみろよ。人生変わるぞ。ほら、この凪彩って子なんて完全に俊哉のタイプだろ?」 友達紹介クーポンもあるからさ…と、俺にスマホを見せてくる。 画面を見ると、そこに写っていたのは完璧に俺の好みを体現したかのようなビジュアルの男だった。 名前は凪彩26歳。 身長172cm、体重59kg。 A型で好きな食べ物はシーフードピザ。 趣味は散歩、特技は耳掃除、得意料理は餃子。 意気込みの欄には『あなたの気持ちに寄り添える恋人になりたいです』と書いてあった。 顔も可愛かったし、プロフィールも親しみやすくて好みの感じだった。 単純にこの子に会ってみたいと思った。 この子と一緒にシーフードピザを食べて、のんびり散歩をしてみたくなった。 「決めたぞ、申し込む!」 俺は温くなったビールを飲み干してそう宣言した。

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