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第2話『9日間限定の恋人』(4)俊哉×凪彩

〜side.凪彩(なぎさ)(とし)くんの呼吸が寝息に変わったのを確認してからそっと目を開けた。 よかった、気持ちよさそうに眠ってる。 今回の契約者の俊くんはちょっと不思議な人。 さほど特徴がある訳でもない普通の俺を可愛いって言うし、契約の時はエッチな事もしたいって言ってたのに、その場になったら体の関係を拒んだ。 俺を抱くつもりでいたはずなのに『自分を大事にしろ』って言った。 そんな風に思うなら、どうして俺を買ったんだろう。 俺も同意してるし、もうお金を払ったんだから難しい事を考えずエッチな事をすればいいのに。 大事なお金も時間も無駄にしてる気がする。 一緒にお風呂に入るのを断られた時、俺に魅力がないから嫌になったのかな…と、不安になった。 やっぱりこの仕事、向いてないのかな…って。 でも、その一件があってからも俺を見つめる眼差しは温かいし、優しい言葉もかけてくれるから、嫌われてはないと思う。 エッチな事はもう少し仲良くなってからしたい人なのかも知れない。 そう納得してたけど、おやすみのキスをする時にさり気なく確認したら、ビックリするくらい勃っていた。 俺だったら絶対に我慢できないレベル。 ここまで欲情してるのに、手を出そうとしない俊くんがすごいと思った。 こんな俺に価値を見出して大切にしてくれる人なんて俊くんくらい。 こっちへ来て初めて出会ったタイプかも…。 ───俺がこの街にやってきたのはちょうど3年前。 舞台俳優になりたいって夢があったから。 きっかけは小学生の時の学芸会。 役柄はしっかり者のお兄さん役だった。 普段は3兄弟の末っ子で気弱な俺だったけど、舞台の上では『お兄さん』って呼ばれた。 お客さんからたくさん拍手ももらった。 両親も喜んでくれた。 皆に見てもらえて嬉しかったし、自分以外の誰かになれたのが楽しくて、俺はこの世界に憧れるようになった。 上京してからは毎日のようにアルバイトをして生活費を稼ぎながらオーディションを受け続ける日々。 でも、普通っぽくて押しが弱い俺に役は回って来ない。 合格するのは顔立ちが整っていて、華やかなオーラをまとっている輝かしいタイプや、演技力がずば抜けていて、その世界観に惹き込むのが上手な実力派タイプ。 そんな生活を続けていると、自己肯定感が低くなる。 自信がなくなるから、オーディションでも実力を発揮しきれない。 不合格通知を見てまた落ち込む。 人前に出るのも怖くなる。 そうなるともう悪循環。 負のオーラでも出てるのか、そういう時に知り合うのは大体悪い人。 でも、精神的に弱ってる俺はその人が悪い人だって見抜けない。 優しくされると嬉しくて、すぐに好きになってしまう。 そんな感じで恋人はできるけど、元々何か目的があって近づいてくる人ばかりだからいつも上手くいかない。 最初は優しくしてくれるけど、そのうちにお金を貸して欲しいと言われたり、怪しい宗教を勧められたり。 3か月前まで付き合ってた人にはお金を持ち逃げされた。 バイトから帰ったら現金や換金できそうな物が家から丸ごと消えていた。 貯金もほとんどないし、どうやって生活したらいいかもわからない。 誰を信じていいかもわからない。 それでもバイトは休めない。 何とか深夜バイトを終えて、トボトボ歩いている時に、今のオーナーに拾われた。 『派遣恋人の仕事をしないか』って。 何をするのかよくわからないけど、もうどうにでもなれ…と思ってオーナーに着いていった。 オーナーが住んでいるマンションでシーフードがたくさんのったピザをご馳走してもらった。 バイト先に向かう時に通る高級イタリアンのピザだった。 貧乏な俺にとってピザは贅沢品。 いつかお金持ちになったら、あのお店のシーフードがのった熱々のホールピザを独り占めしよう。 そう思いながらバイトへ向かう毎日だった。 予想外の方法で夢が叶う事もあるんだな…と驚きながら、ピザを平らげた。 満腹になった俺に、オーナーは仕事の説明をしてくれた。 結局、体の関係込みの期間限定恋人ごっこ。 知らない人と暮らすのもエッチな事をするのもちょっと怖いな…って思ったけど、歴代の同棲してた彼氏も最初は知らない人。 料金は前払いだし、たぶん裏切られる事もないだろうから、むしろ危ない彼氏より安心安全かも知れない。 それに泊まりの仕事が入ったらほとんど生活費もいらない。 相手が求める恋人を演じたら、自分以外の誰かになれる。 皆にも見てもらえる。 色々な人に出会ったら、演技の幅が広がるかも知れない。 男の人を見る目を養えるかも知れない。 そう思った俺は『派遣恋人』の仕事をする事にした。 最初の1か月は見習い期間。 オーナーに生活の面倒をみてもらいながら一緒に暮らして恋人らしく振る舞う練習をする。 最終合格がもらえたら事務所が入っているビルの一室に部屋をあてがわれて、派遣恋人デビューできるシステム。 それは建前で、本当はただの愛人契約なのかな…。 これからどうなるんだろう…って、不安になる事もあったけど、自分の父親くらいの年齢のオーナーは渋くてカッコよかったから、目が幸せだった。 ちょっと口が悪いけど面倒見がよくて優しい人だった。 どうにかして俺が生活を立て直せるよう気づかってくれる人だった。 過酷なバイトにも行かなくて済むし、温かな部屋で温かいご飯が食べられる事が嬉しくて、深く考えるのはやめた。 オーナーと毎晩のようにセックスをして、ありとあらゆる性技も身につけた。 元々エッチな事は好きだったから毎日楽しかった。 何より求められる事が幸せだったんだ…。

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