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第2話『9日間限定の恋人』(6)俊哉×凪彩
〜side.俊哉 〜
今日は土曜日。
仕事はカレンダー通りだから今日から連休だ。
例え休みでも、いつもの癖で平日と同じくらいの時間に目が覚める。
目を開けると、凪彩 がじっと俺を見つめていた。
「おはよう、俊 くん」
柔らかく微笑んだ凪彩は、おはようのキスをしてくれた。
俺が起きるまで身動き一つせず待っていたんだろうか。
「お、おはよう…凪彩」
一緒に眠ったから、凪彩が俺のベッドにいるのは当たり前だ。
わかっているのに、起き抜けに凪彩の顔は刺激が強すぎる。
照れて直視できずにいると、ふふっと笑いながら『俊くん可愛い』と俺の手を握った。
今日は凪彩が好きな散歩をしがてら近くのカフェへ。
密かにリサーチしておいたオシャレな店だ。
ここのガレットとかいうのが美味いらしい。
庭が見える眺めのいい方の席を譲ると、嬉しそうに笑った。
庭の花がキレイだね…と喜んだ。
ガレットを気に入ったらしく、一口ずつ大切そうに食べた。
小さな事で幸せを感じられるタイプなんだな…。
凪彩の一挙一動が可愛くて、好感度も爆上がりだ。
でも、凪彩は9日間限定の派遣恋人。
俺を喜ばせるのが仕事。
だからきっと芝居も入ってるんだろう。
本当の凪彩が感じている事を知りたいと思った。
素の凪彩が、花にもガレットにも興味がなかったら…?そう思うと胸が苦しくなった。
夕方頃、店からアンケートメールが届いた。
『派遣恋人は気に入ったか』とか、『派遣恋人が失礼な事をしていないか』とか、☆5つで評価する感じのカジュアルなやつだ。
そんなの文句なしの☆5つだ。
自由記述欄もあった。
欄を埋め尽くすくらい書きたかったが、凪彩といる時になるべくスマホを触りたくない。
晩ご飯の後、凪彩にゆっくり風呂に入るように伝えた。
その間に大急ぎでスマホの音声入力機能でメモを作り、それを丸ごとコピペして送った。
アプリの凪彩のページにレビュー欄があったのを思い出して、そっちにも書き込む準備を始めた。
凪彩は誉めるところだらけだ。
こんなにいい子の予定が9日間も空いていた事が奇跡だ。
凪彩の魅力を事細かに伝えて凪彩のよさを布教したい。
でも、それで凪彩が人気になって予約が取れなくなるのは困る。
かと言って当たり障りのない、気持ちのこもっていないレビューは書きたくない。
俺はどうしたらいいんだ…。
1人で葛藤していると、いつの間にか凪彩が風呂から上がっていた。
「どうしたの、俊くん」
「あ、いや別に…」
慌ててスマホを置くと、凪彩が隣に座る。
近すぎず遠すぎず…の、いい距離感だ。
ふわっとシャンプーのいいにおいがして、ドキッとした。
風呂上がりでいつもより赤い頬が可愛いと思う。
柔らかそうな髪に触れたくなる。
衝動をグッとこらえていると、凪彩がそっと俺の手に触れた。
昨日は撫でてくれたよ…と、俺の手を取って自分の頭に導く。
そのまま何度か撫でると、凪彩は幸せそうに微笑んだ。
「俊くんに撫でてもらうと嬉しい」
その笑顔を見ているだけで心臓が騒ぎ出す。
「俺も…撫でていい?」
黙ってうなずくと、凪彩は優しく俺の頭を撫でた。
誰かに頭を撫でられるのなんて久しぶりだった。
手を伸ばせば抱きしめられる距離にいる凪彩。
もっと…触れたい。
その火照った頬や、柔らかい唇に。
察した凪彩もその先を期待するように俺を見つめる。
この可愛い上目づかいで何人…いや、何十人の男を虜にしてきたんだろう。
可愛いな、凪彩…。
衝動的に凪彩を抱きしめそうになった自分を認識した俺は、慌ててその手を引っ込めた。
昨日あんな事言った手前、手を出す訳にはいかない。
俺の様子を見ていた凪彩は、一瞬切ない表情をした。
しまった、傷つけた…。
そう思ったけど、遅かった。
「もっと仲良くなったら…その時はいっぱい触ってね」
淋しさを隠すようにニコッと笑う。
その笑顔が辛そうで胸がギュッとなった。
俺はバカだ。
凪彩には自分を大切にして欲しいとかカッコイイ事を言ってごまかしてるだけだ。
本当は凪彩に触れる勇気がないだけのただのヘタレだ。
凪彩の笑顔を見つめながら、自分の気持ちに素直になる事の難しさを感じていた…。
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