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第2話『9日間限定の恋人』(11)俊哉×凪彩
〜side.俊哉 〜
今日は水曜日。
取引先との約束があるから出勤だ。
今日は仕事帰りに凪彩 と食事に行く約束をした。
家で手料理を用意して待ってもらうのもいいが、待ち合わせをして街を一緒に歩いてみたい。
せっかくだから恋人同士のありとあらゆる経験をしてみたいんだ。
周りにも定時で帰るぞアピールをして、終業時間を心待ちにしていた。
いざ帰ろうと思ったら、タイミング悪く上司につかまって予定より30分も遅くなった。
帰り支度をしながらすぐに連絡したら『大丈夫、約束したところで待ってる。慌てなくていいから気をつけ来てね』と言ってくれた。
会社の階段を駆け降りて、そのまま待ち合わせ場所まで走った。
凪彩は寒い中、俺の来る方を見ながら待っていた。
「凪彩…!」
「俊 くん…」
俺を見つけると周りの人を上手く避けながら駆け寄ってきた。
俺の胸に飛び込んで、お疲れ様…と、微笑んだ。
「遅くなって悪かった。連絡もなしに30分も待ってるの不安だったよな…」
少しでも早く温めようと、持っていたマフラーでぐるぐる巻きにした。
「いいよ、お仕事だから仕方ないし、俊くんは絶対来てくれるって信じてたよ」
マフラーあったかい…と頬ずりをする。
よく見ると冷えた鼻の先が真っ赤になっていた。
「ありがとう、凪彩。本当にごめんな」
「もういいよ。俊くんが来てくれたから」
走ってきてくれてありがとう…と言いながら凪彩がハンカチで額の汗を拭ってくれた。
「…お腹すいちゃった」
「あぁ、何がいい?」
「俊くんの好きな物。俊くんの大好物が食べたい」
俺の大好物は寿司だ。
でも、今は冷えた凪彩の体を温める物を食べさせてやりたい。
風邪を引くといけないから、栄養が豊富なメニューがいい。
「よし、今夜はすき焼きだ」
「すき焼き?豪華だね」
やったぁ…と笑う凪彩が可愛い。
この笑顔を見られるのもあと数日。
契約終了日までに、たくさん笑顔を見たいと思った。
俺が選んだのは、職場の忘年会で来た事のある店だった。
ここなら静かだし、個室だからゆっくりできるだろう。
向かい合って座るように案内されたけど、隣同士で座らせてもらった。
向かい合わせですき焼きをしたら、湯気で凪彩の顔が見えない。
そんなもったいない事できる訳がない。
それにいつも隣に座っているから、外でもそうしたかった。
「美味しいね、俊くん」
美味そうに肉を頬張る凪彩。
煮え具合は好みがあるし、食べるペースも違うから、好き勝手に取るスタイル。
凪彩は肉もネギもよく煮た方が好みらしい。
「たくさん食べろよ」
「うん、俊くんも食べてね」
凪彩と一緒だと、美味い物がさらに美味くなる。
俺たちは追加した分の肉もペロリと平らげた。
その帰り道の事。
食べ過ぎて苦しいから、少し歩く事にした。
凪彩は遠慮がちにすぐそこのイルミネーションが見たいと言った。
俺は通勤途中に毎日のように見ているし、一緒に見る相手もいないから、あぁクリスマスが近いんだな…と思う程度の場所だった。
有名デザイナーがプロデュースした大きなツリーもあるし、フォトスポットもたくさんある。
見渡す限りキラキラしているし、時々人工雪も降る。
人気のデートスポットなんだろう。
大通りはカップルや家族連れでごった返していた。
凪彩が行きたがったのは裏通り。
街路樹に電球が巻き付けてあるだけの、割とシンプルな仕上がり。
それなりにキレイだが、表通りほどの華やかさもないし、クリスマスソングも流れていない。
人通りもまばらだった。
「裏通りでいいのか?」
「うん。静かな所で俊くんとゆっくり一緒にいたいから…。俊くんは表通りの方がいい?」
「いや、俺は凪彩の好きな方でいい」
本気でどっちでもよかった。
どこにいても俺は凪彩しか見ないだろうから。
「俺ね、クリスマスシーズンはいつもバイトしてたから…。イルミネーションを見ながらデートするのが夢だったんだ」
そんな風に言われたらもうメロメロだ。
嘘でも芝居でも何でもいい。
可愛い凪彩にニヤニヤが止まらない。
腕を組んで歩き始めたが、今夜は冷える。
『2人でいれば寒くてもあったかい』なんて綺麗事だ。
確かに気持ちはあったかい気はするが、寒いものは寒い。
凪彩も寒さを我慢してる様子だった。
「凪彩、ちょっと付き合ってくれるか」
凪彩を連れてきたのはイルミネーションが一望できるタワー。
モテる同期がここでデートをしたと言っていた。
最上階はイチャイチャカップルでいっぱいだから、12階が静かでオススメらしい。
全体的に薄暗くて、かすかに聴こえてくるオルゴールバージョンのクリスマスソング。
上手い事、柱や背の高い観葉植物があって、何となく人目につかない雰囲気だ。
アイツ…絶対ここでキスしたんだろうな…。
ちょうど空いていた眺めのよさそうなスポットに立った。
「オシャレで素敵。イルミネーションもキレイ」
凪彩は嬉しそうに窓の外を見つめている。
いやいや、凪彩の澄んだ瞳にうつるイルミネーションの光の方がキレイだ…と思いながら、外を見るふりをして凪彩を見つめる。
俺の視線に気づいた凪彩が恥ずかしそうにうつむく。
恥ずかしがる顔も可愛いな…と思っていると、凪彩が内緒話でもするみたいに口元を寄せてきた。
「俺も…あの人みたいにして欲しいな…」
さり気なく確認すると、視界に入ったのはバックハグをして仲よさそうに話をしているカップル。
凪彩の望みにドキッとした。
凪彩の…お誘いなんだろうか。
それともただ甘えたいだけか…。
「さ、触るぞ」
「うん…」
ふわっと包み込むように抱きしめる。
凪彩は小柄で華奢だから、俺の腕の中にすっぽりおさまった。
鼻先に触れる柔らかな髪の感触がくすぐったい。
バレないように凪彩の髪のにおいを嗅ぐと、すき焼きのにおいがした。
「眺めも雰囲気も素敵だけど、俊くんと離れちゃったのが淋しくて…」
俺に甘えてちょっともたれ掛かってくる。
可愛いな、凪彩…。
凪彩の言動はいちいち好みのツボすぎて、心の中は悶絶の繰り返し。
最初の打ち合わせで俺の好みを伝えてあるから、凪彩はそれを演じてるだけの事。
頭ではわかってるのに、想像以上の凪彩の可愛さを直浴びして、温もりを感じたらもうダメだ。
凪彩の可愛いおしゃべりを聞く余裕なんてない。
キスが…したい。
「…俊くん?」
名前を呼ばれて我に返った。
凪彩は不思議そうに俺を見上げて様子をうかがっているように見えた。
「…悪い。ちゃんと聞いてなかった」
「やっぱり…。でも、いいよ。俊くんのしたい事…たぶん俺と同じだよ」
「えっ…?」
モジモジしながら俺の手にそっと自分の手を重ねてくる凪彩。
それを意識したら心臓も下半身もとんでもない事になった。
今が冬でよかった。
薄着の夏だったら、下半身が大盛り上がりしているのがすぐ凪彩にバレてしまう。
凪彩は…こういう時…勃つんだろうか。
客相手に…体が疼く事はあるんだろうか。
凪彩が小さくうなずいて瞳を閉じる。
身長差がある俺たちでもキスしやすいように、上向き加減な感じだ。
キスを待っているようなその仕草が可愛くて、あらゆる雑念が一気に吹き飛んだ。
俺は腕の中の凪彩をきつく抱きしめて、優しく唇を重ねた…。
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