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第2話『9日間限定の恋人』(13)俊哉×凪彩(※)

〜side.俊哉(としや)〜 「凪彩(なぎさ)…いるのか…?」 俺は玄関から声をかけた。 今朝の凪彩はちょっと様子がおかしかった。 いつも笑顔で送り出してくれる凪彩が『行かないで』ってすがるような目をした。 俺から離れたくないと言わんばかりの抱きつき方に不安を覚えた。 控えめな凪彩がわざわざ出かける時にワガママを言うなんて何か理由があるはずだ。 休んだら後々面倒な事になるのはわかっていたが、凪彩がそこまで言うなら仕事を休もうと思った。 今までの俺だったら『仕事だから無理だ。わかるだろ。すぐ帰ってくる』と諭していたはずだ。 凪彩のために、無理な事をどうにかしようとする自分に驚いた。 だが、このまま仕事を休んだら優しい凪彩は申し訳なさそうにするだろう。 自分の発言を後悔して、2度と本心を言わないだろう。 とりあえず出勤して、最低限のやる事をやって半休を取って帰ってきた。 今から帰ると連絡しても返信がない。 何かをしていて気づかないんだろうか。 それとも、スネているんだろうか…。 帰って玄関を確認したら靴はあったが、凪彩の気配はない。 リビングにもトイレにも風呂にもいない。 昼寝でもしているのかも知れないと寝室をのぞいた俺は衝撃を受けた。 床には凪彩が着ていたはずの洋服が無造作に落ちていたし、ベッドには丸めたティッシュと俺のスウェットが散らばっていた。 凪彩は布団にくるまって、気持ちよさそうに眠っていた。 どう考えても明らかに自分で慰めて、そのまま寝落ちした感じだった。 俺は強烈な罪悪感に襲われた。 俺が手を出さないからだ…。 きっと体を持て余して、どうしても我慢できなかったんだろう。 凪彩にも体のリズムがあるんだ…。 『体を大切にしろ』なんて勝手な俺のこだわりに巻き込んで、凪彩に無理をさせた。 恋人は対等であるべきだと思っているはずなのに、結局自分の考えを押しつけて凪彩を言いなりにさせている現実に気づいた。 その時、ハッとした。 俺が婚約者とダメになった原因はこれだ。 デート中に『やっぱり中華が食べたい』と言われた時『今日は美味い天ぷらを食べに行く約束だろ?』と言って譲らなかった。 リサーチしておいた有名店の期間限定天ぷらコースを食べさせてやりたかった。 深夜に『淋しい…』と電話をかけてきても『今日はもう遅いから寝ろ。明日の夜電話する』と言って電話を切った。 寝不足になるとすぐに熱を出す相手だったから、睡眠時間を削りたくなかった。 俺が相手のためを思ってしていた事でも、相手はそれを望んではいなかった。 俺の達成感と、相手が感じた不満。 それが積み重なった結果なんて簡単に想像できる。 そんな奴と結婚とか無理だろ…。 俺は無意識に凪彩も傷つけてしまったかも知れない。 凪彩は笑ってるけど、本当は心で泣いているのかも知れない。 不満をため込んでいるのかも知れない。 怖くなった俺は、逃げるように家を出た。 家の近くの漫画喫茶の個室に飛び込んだ。 状況と気持ちの整理をしたかった。 30歳を目前に、人生の反省会と作戦会議だ。 学生時代の事、社会人になってからの事…。 思い返せば返すほど、から回っていた気がする。 今のままの俺では凪彩に嫌な思いをさせるだろう。 俺はどうすればいい…? どうすれば凪彩を笑顔にできる…? 結局結論は出なかったが、凪彩が帰りを待っている。何事もなかったかのようにいつもの時間に帰った。 俺を出迎えた凪彩は『朝はごめんね』と、頬にキスをした。 晩ご飯はカレーとカラフルな野菜サラダ。 食事中もその後のまったりタイムもあまりに普段通りで、昼間見たあの光景が錯覚だったような気がしてきた。 凪彩が上手に隠すから俺からは何も聞けなかった。 その夜の事。 いつもなら、おやすみのキスをしたら割とすぐ眠ってしまうのに、今夜はなかなか眠れなかった。 可愛い凪彩が昼間にここでオナニーしていたかと思うと、頭の中がピンク色の妄想でいっぱいだ。 目を閉じて悶々としていると、隣で眠っているはずの凪彩が近づいてくる気配。 凪彩も眠れないのか…? 俺の首筋あたりに鼻を寄せた凪彩はクンクンとにおいを嗅いだ。 どうして俺のにおいなんか…。 まさか、臭いのか…? 無駄にドキドキしながら寝たふりを続ける。 しばらく俺のにおいを嗅いでいた凪彩は少しずつ離れていった。 今度はごそごそと体勢を変えている。 薄目で確認すると、俺に背を向けていた。 いつもなら俺の方か、真上を見ながら眠るのに。 顔も見たくないほど俺に嫌気がさしたんだろうか。 しばらく様子をうかがっていると、また凪彩が身動きを始めた。 遠慮がちだが一定リズムで動く布団。 悩ましげな吐息。 凪彩が…オナニーを始めた。 そう認識した途端、心臓がバクバクいい始めた。 今日の昼間したはずだろ…? もしかして足りなかったのか…? 俺がベッドにいる時にして、もし俺に気づかれたら気まずいだろう。 それがわかってても我慢できないのか…? 俺はどれだけ我慢をさせていたんだろう。 激しい後悔と罪悪感。 今すぐ俺がどうにかしてやりたいと思ったけど、凪彩は俺に内緒で済ませようとしている。 それに、俺にされるのは嫌かも知れない。 俺は気づかないふりをする事に決めた。 目を閉じて心を無にする。 凪咲の甘い吐息も、扱く度に聞こえる濡れた音も聞こえないふりをする。 そうでもしないと、俺の下半身もどうにかなりそうだった。 「(とし)くん…」 凪彩が小さな声で俺の名前を呼んだ。 ズズッと鼻水をすする音。 もしかして泣いてるのか…? 「凪彩…?」 思わず声をかけると、ビクッと跳ねた華奢な背中。 慌てて手を止めると、寝たふりをした。 いやいや、いくら何でもそんなあからさまな狸寝入り、バレバレだろ…。 「凪彩、起きてるんだろ」 ちゃんと話をしよう…と声をかけると、ゆっくり俺の方に体を向けた。

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